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Chapter 1: 招待状を奪った家族

「その招待状は、お前のためじゃない」

卒業式の前夜、父がそう言って私の手から金色の縁取りがされた一枚の紙を奪った瞬間、私は四年間抱えていた小さな期待が音もなく壊れるのを感じた。

防衛大学校で過ごした四年間。

朝五時の起床、厳しい訓練、眠れない夜の勉強、何度も諦めそうになった日々。

それでも私は、最後の日だけは父に来てほしかった。

たった一度でいい。

「よく頑張ったな」

その一言を聞きたかった。

キッチンの時計は夜九時を過ぎていた。

私はリハーサルから戻ったばかりで、制服の襟元にはまだ長時間の練習でついた折り目が残っていた。

玄関を開けると、継母の美奈子がすぐに声をかけてきた。

「お皿、洗っておいてね。彩香は明日撮影があるから、早く寝かせたいの」

私は靴を脱ぎながら、小さく息を吐いた。

「明日……卒業式なんだけど」

美奈子は一瞬だけ私を見た。

でも、その目には祝福も興味もなかった。

「あら、そうだったわね」

それだけだった。

リビングでは父の隆司がソファに座り、タブレットを眺めていた。

私が四年間どんな生活をしていたのか。

どんな賞を取ったのか。

どれだけ苦しい訓練を乗り越えたのか。

父が尋ねた回数は、片手で数えられるほどだった。

正確には二回。

しかも車の運転中、私の顔を見ることなく。

「学校はどうなんだ?」

「……大丈夫」

「そうか」

それで終わり。

私はいつからか、自分の話をしなくなった。

話しても、翌日には忘れられているから。

それでも昨日だけは違った。

私は勇気を出して、父の前に立った。

「お父さん」

父は画面から目を上げた。

「明日、来てほしい」

私は招待状を差し出した。

父はそれを見た。

一秒。

二秒。

そして、私の手からではなく、横から伸びてきた手へ渡した。

「彩香、これ」

義理の妹の彩香だった。

彼女は驚いた顔をしたあと、すぐに笑った。

「え、私が行っていいの?」

「もちろんだ」

父は当然のように言った。

私は耳を疑った。

「待って。それ、私の大切なゲスト用の招待状なんだけど」

父は眉をひそめた。

「彩香も家族だろう」

「でも……」

「お前は学生の一人だ」

その言葉が胸に刺さった。

「四百人もいるんだろ? その中の一人が卒業するだけだ。お前だけが特別なわけじゃない」

私は何も言えなかった。

なぜなら、父は知らなかったから。

私が首席で卒業することを。

表彰台に立つことを。

そして、答辞を読むことを。

私は言わなかった。

言っても、きっと聞き流されると思っていたから。

美奈子はスマホを取り出し、招待状の写真を撮った。

「彩香、会場で会える人を調べましょう。有名な来賓もいるかもしれないわ」

「すごい。写真映えしそう」

二人の声が遠く聞こえた。

私は自分の家のキッチンで、父に「来てほしい」と伝えただけだった。

なのに、なぜかお願いをしている人間のような気分になっていた。

その夜、部屋に戻ると、机の上に置いていた卒業用の制服を見つめた。

四年間、この日のために耐えてきた。

父が見てくれるかもしれない。

そう思っていた。

でも、父が見るのは私ではない。

誰かに見せるための「家族の形」だけだった。

翌朝。

空は灰色だった。

そして、雨が降っていた。

私は暗い色のコートを羽織り、朝七時半に会場へ向かった。

会場にはすでに多くの学生が集まっていた。

私は準備室に荷物を預け、舞台裏へ向かおうとした。

その時だった。

黒い車が入口前に止まった。

見覚えのある車。

父だった。

ドアが開き、父と美奈子、そして彩香が降りてきた。

彩香は私の招待状を手に持っていた。

父は私を見るなり、険しい顔をした。

「お前、何だその格好は」

私はコートの下の制服を指した。

「私の卒業式よ」

父は入口の前に立った。

「中に入るな」

雨音が強くなる。

「……何を言ってるの?」

「そんな姿で家族の前に出るな」

私は一歩近づいた。

「どいて」

父の顔が歪んだ。

「恥をかかせるな」

次の瞬間、父の手が私の腕を掴んだ。

冷たい雨。

濡れた床。

そして、強い力。

私は手すりにつかまった。

「お父さん……」

でも父は聞かなかった。

「お前は昔からそうだ」

その言葉だけを残して、父は重いブロンズの扉の向こうへ消えていった。

私の招待状を持った彩香も。

母親のような顔をした美奈子も。

誰も振り返らなかった。

私は雨の中に立ち尽くした。

あと少しで、私の名前が呼ばれるはずだった。

なのに。

私は本当に帰ろうと思った。

バス停へ向かおうとした、その時。

頭上に黒い傘が差し出された。

「君……学生番号47番の人か?」

顔を上げると、そこにいたのは学校長だった。

「探していた」

彼は私の腕に残った赤い跡を見た。

表情が変わった。

「何があった」

私は震える声で答えた。

「……すみません。私、入れなくて」

学校長は不思議そうな顔をした。

「何を言っている?」

そして、静かに続けた。

「今日ここにいる四十名の来賓将校の中には、君を見るために来た人間もいる」

私は息を止めた。

「君が……誰なのか、知らないのか?」

その瞬間、学校長の視線がガラス越しの会場へ向かった。

そこには、私の招待状を掲げて笑う彩香の姿があった。

学校長の顔から温度が消えた。

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「……家族に止められたのか?」

私は答えられなかった。

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