Chapter 4: 封筒の中の過去
封筒の中に入っていた紙には、見覚えのある名前があった。
「佐伯美月 16歳時提出記録」
私の指が止まった。
16歳。
私がこの家で、自分のことを話すのをやめた年。
父に何を言っても届かないと理解した年。
紙をめくると、そこには防衛大学校へ進学する前の記録が並んでいた。
学業成績。
訓練評価。
推薦理由。
そして最後の一行。
「本人は家庭環境について一切の不満を口にせず、すべて自分の責任として受け止めている」
胸が締め付けられた。
私はそんなに強かったわけじゃない。
ただ、誰かに期待することを諦めただけだった。
「何を見ているんだ」
背後から父の声がした。
私は振り返った。
父はまだ舞台裏にいた。
いつものような威圧感はなかった。
むしろ、初めて私に近づく方法が分からない人の顔をしていた。
「あなたには関係ない」
自分でも驚くほど冷たい声が出た。
父の眉が動く。
「父親だぞ」
その言葉を聞いた瞬間、胸の奥で何かが切れた。
「父親?」
私は紙を握りしめた。
「私が16歳の時、何をしていたか覚えてる?」
父は黙った。
「覚えてないよね」
雨音だけが響いた。
「私は毎晩、訓練の動画を見ながら一人で練習してた。大会の日も、あなたに来てほしいって言った」
父の表情が変わる。
「……そんなこと」
「言ったよ」
私は遮った。
「でも、お父さんは仕事の電話をしながら『頑張れ』って言っただけだった」
父は視線を逸らした。
その仕草だけで十分だった。
覚えていない。
やっぱり。
そこへ田村教官が現れた。
「佐伯」
「はい」
「表彰式の後、来賓室で話があるそうだ」
父を見る田村教官の目は厳しかった。
「ご家族も同席されますか?」
父は一瞬迷った。
「……もちろん」
私は小さく笑った。
今さら。
でも、その時だった。
封筒の中からもう一枚の紙が落ちた。
そこには、学校長の署名があった。
「本人には知らせない」
という文字。
私は眉をひそめた。
「何これ……」
田村教官が近づく。
そして紙を見た瞬間、表情が変わった。
「これは……」
父も覗き込んだ。
そこには、私が知らなかった推薦に関する記録があった。
私の推薦は、単なる成績だけではなかった。
ある人物からの強い推薦があった。
その人物の名前を見た瞬間、私は息を止めた。
「……お母さん?」
そこに書かれていた名前。
それは、私が幼い頃に亡くなった母、佐伯由紀の名前だった。
父が動きを止めた。
「なぜ……」
私は父を見る。
「お父さん、知ってたの?」
父の顔から血の気が引いた。
「その話は……」
「知ってたんだ」
沈黙。
その沈黙が答えだった。
私は初めて思った。
父は私を知らなかったんじゃない。
知ろうとしなかっただけなのかもしれない。
その夜、卒業式の後に開かれる祝賀会へ向かう前。
私は母の名前が書かれた一枚の紙を握りしめていた。
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そして気づいた。
私の人生には、父が知らない秘密がまだ残っている。