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Chapter 1: 消えた六百万円

「私の大学資金は、どこに消えたの?」

その瞬間、家の空気が凍った。

私は画面に表示された数字を何度も見直した。

四万円。

何度更新しても、そこにある数字は変わらなかった。

本来なら、六百万円以上あるはずだった。

十二歳の誕生日の日、父は私の手を握りながら言った。

「咲希、この口座はお前の未来を守るためのものだ」

あの日、父は青い表紙の通帳を私に渡した。

まだ子供だった私は、大金の意味なんて理解していなかった。

でも父の真剣な顔だけは覚えていた。

「大学に行く時、好きな道を選べるようにしておく」

その言葉を、私は十年間信じていた。

高校では毎年夏休みにアルバイトをした。

コンビニの夜勤。

飲食店の皿洗い。

寒い冬の朝も、眠い目をこすりながら駅へ向かった。

自分のためだけじゃない。

父が守ってくれたものを、私自身も大切にしたかったから。

なのに。

授業料の納付期限まで、あと三週間。

その大事な時に。

私の未来は、たった四万円になっていた。

私はノートパソコンを抱えたまま、階段を駆け下りた。

キッチンでは、継母の悦子が夕食の準備をしていた。

彼女は私を見ると、眉をひそめた。

「咲希、どうしたの?そんな怖い顔して」

私は画面を父の前に置いた。

「お父さん。私の大学資金はどこ?」

父は数秒、意味が分からないように画面を見つめた。

「……何を言っているんだ?」

「口座を見たの。六百万円以上あるはずだった」

父の表情が変わった。

「そんな……」

その横で、悦子が包丁を置いた。

カタン、と小さな音がした。

「咲希、大声を出すんじゃないわよ」

その言葉を聞いた瞬間、胸の奥が冷たくなった。

怒るべきなのは私のはずだった。

でも、彼女の反応はまるで。

最初から知っていた人間の反応だった。

私はゆっくり彼女を見た。

「どこに行ったか知ってるんでしょ」

悦子は腕を組んだ。

「あなた、疑う相手を間違えてない?」

「じゃあ説明して」

「……」

「四万円しかない理由を」

悦子はため息をついた。

そして、まるで私がわがままを言っているかのように言った。

「妹には必要だったのよ」

「何が?」

「移動手段」

その時だった。

玄関のドアが開いた。

「ただいま」

異母妹の結衣が入ってきた。

手には車のキー。

そして窓の外には、見覚えのない白いSUVが停まっていた。

まだ新しいボディ。

フロントには大きな赤いリボン。

結衣は気まずそうに笑った。

「……サプライズのつもりだったんだけど」

私の視線は車から悦子へ移った。

「これ、いくらしたの?」

結衣が答える前に、悦子が言った。

「五百五十万円」

頭の中で何かが切れた。

「……私の口座から?」

悦子は悪びれなかった。

「結衣には赤ちゃんがいるのよ」

「だから?」

「だから、この子の生活が優先なの」

私は震える声で聞いた。

「私は?」

悦子は冷たく笑った。

「あなたは若いでしょう」

「大学に行くためのお金だった」

「奨学金でも借りればいいじゃない」

その瞬間、父が立ち上がった。

「悦子」

低い声だった。

「まさか、あの口座に手を付けたのか?」

悦子は首を傾げた。

「何を今さら」

「答えろ」

「あの子が大学に行くお金より、今困っている家族を助ける方が大事でしょう?」

父の顔から血の気が引いた。

結衣が不安そうにキーを握りしめた。

「お母さん……お父さんも許してくれたって言ったよね?」

父は結衣を見る。

「私はそんなこと言っていない」

「でも……」

「一度も許可していない」

静かな声だった。

でも、その静けさの方が怖かった。

悦子の顔色が変わる。

「あなた、私を責めるの?」

「五百五十万円だぞ」

「家族のためよ」

「咲希の人生を壊してまでか?」

私はその会話を聞きながら、ただ立っていた。

怒りより先に、悲しさが来た。

十年間。

私はこの家で何を信じていたのだろう。

すると父が突然、私を見た。

「咲希」

「……何?」

「二階の金庫から青いファイルを持ってきてくれ」

悦子がすぐに口を挟んだ。

「古い書類なんて今必要ないでしょ」

父は彼女を見た。

「どけ」

その一言で、悦子は黙った。

私は二階へ走った。

金庫を開ける。

中には、昔の写真。

父と母の離婚書類。

そして青いファイル。

戻ると、父はすぐにファイルを開いた。

古い口座明細。

祖母の名前。

大量の入金記録。

父は一枚一枚確認した。

そして最後のページで手を止めた。

「……やっぱり」

悦子が眉を寄せる。

「何なの?」

父は明細をテーブルに置いた。

「これは俺の金じゃない」

私は息を止めた。

父は静かに言った。

「ほとんど全部、母さんが咲希のために入れた金だ」

亡くなった祖母。

私を一番大切にしてくれた人。

悦子の顔から一気に色が消えた。

「でも……」

父はファイルの奥から、一通の封筒を取り出した。

古い紙。

祖母の筆跡。

封はまだ開けられていなかった。

父は私ではなく、悦子を見た。

「母さんは、このお金に条件を付けていた」

悦子の唇が震えた。

「……どんな条件?」

父は封筒を握った。

そして低い声で言った。

「もし咲希の未来を奪う人間が現れた時、その人間には全てを説明する必要がある、と」

悦子の目が大きく開いた。

父は続けた。

「そして、その相手が家族だった場合は――」

封筒の裏側に書かれた最後の一文を見た。

「特別な手続きを始めること」

その瞬間、悦子のスマホが鳴った。

画面に表示された名前を見て、彼女の顔がさらに青ざめた。

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そこには。

私が知らない人物の名前が表示されていた。

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