Chapter 3: 父が初めて聞いた私の名前
答辞が終わると、会場は大きな拍手に包まれた。
私は深く頭を下げた。
その瞬間だけ、不思議と苦しくなかった。
父に認められるためではない。
自分自身のために立っていると思えたからだ。
舞台裏へ戻ると、学校長が待っていた。
「よく読んだ」
「ありがとうございます」
学校長は少し笑った。
「君の言葉には、四年間が詰まっていた」
私は小さく頷いた。
「でも……父には届かないと思います」
学校長は首を振った。
「届いている」
「え?」
「今、彼は君のことを初めて知った顔をしている」
私は客席を見た。
父は立ったまま、動けずにいた。
彼の手には、まだ彩香に渡したはずの招待状の控えが握られていた。
その時、父のスマホが鳴った。
美奈子からだった。
「あなた、どういうこと?」
父は電話を取った。
「何がだ」
「彩香じゃないじゃない。学校長が今、話しているのは美月のことよ」
父の顔色が変わる。
舞台では学校長がマイクを持っていた。
「今年度、最も優秀な成績を収めた学生に、特別功労章を授与します」
会場が静かになる。
「佐伯美月さん」
再び私の名前が響いた。
父はゆっくり顔を上げた。
学校長が続けた。
「彼女は成績だけではなく、仲間を支え、災害訓練では自ら危険な役割を引き受けました」
私は知らなかった。
教官たちがそんな記録を残していたことを。
父は知らなかった。
私がどんな人間になっていたのか。
授与式が終わり、私は舞台袖へ戻った。
そこへ父が近づいてきた。
「美月」
四年間で初めて。
父が私の名前を、はっきり呼んだ。
私は立ち止まった。
「何?」
父は何か言おうとした。
でも、すぐには言葉が出なかった。
「お前……いつから……」
私は静かに答えた。
「四年前から」
父の顔が歪む。
「なぜ言わなかった」
私は彼を見た。
「聞いてくれると思わなかったから」
その一言で、父は黙った。
雨はまだ降っていた。
でも、朝の雨とは違っていた。
もう私は、入口の外に立っている人間ではなかった。
その時、学校長の補佐官が一枚の封筒を持って近づいてきた。
「佐伯さん、これ」
「私に?」
「はい。今朝、事務局に届いていました」
私は封筒を見る。
差出人の名前はなかった。
でも、裏側に一つだけ文字が書かれていた。
私の知らない筆跡で。
――「16歳の時、あなたが諦めた真実について」
私は封筒を開けた。
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中に入っていた一枚の紙を見た瞬間、息が止まった。
そこには、父が知らない私の過去が書かれていた。