Chapter 8: 知らなかった支援者
封筒の中には、一枚の住所と短い手紙が入っていた。
「美月へ」
また母の字だった。
『この人を訪ねなさい』
『あなたが自分の力を信じられなくなった時、きっと答えをくれる』
最後には、一つの名前。
「黒田誠」
私はその名前を何度も見た。
父が恐れる人物。
母が信頼した人物。
その二つが同じ人間だとは思えなかった。
「お父さん」
父は黙っていた。
「黒田誠って誰?」
しばらく沈黙が続いた。
そして父は答えた。
「昔、俺の上司だった」
「それだけ?」
父は視線を逸らした。
「……そして、由紀の恩人だ」
私は眉をひそめた。
「母の?」
「そうだ」
父は椅子に座った。
「由紀は、自分が亡くなった後も、お前が困らないよう準備していた」
「じゃあ、なぜ隠したの」
父は苦しそうに言った。
「俺が嫉妬したからだ」
その答えに驚いた。
「嫉妬?」
「黒田は、由紀が最後まで信頼していた人間だった」
父は拳を握った。
「俺よりも、由紀を理解していた」
私は初めて気づいた。
父はずっと、母の影と戦っていたのかもしれない。
でも、その戦いに巻き込まれたのは私だった。
数日後。
私は黒田誠の家を訪ねた。
古い一軒家だった。
庭には小さな桜の木があった。
インターホンを押す。
しばらくして、白髪の男性が出てきた。
「……美月か」
私は驚いた。
「私を知っているんですか?」
黒田は微笑んだ。
「知っている」
「どうして?」
彼は庭の桜を見た。
「君のお母さんが、毎年話していた」
私は言葉を失った。
家の中へ通されると、壁には母の写真があった。
幼い私を抱いている写真。
父が持っていない写真だった。
「母は……私のことを話していたんですか?」
黒田は頷いた。
「毎日と言っていい」
胸が痛んだ。
「父は、私のことを知らなかったのに」
黒田は悲しそうな顔をした。
「隆司は、愛し方を知らない人間だった」
私は黙った。
黒田は続けた。
「でも、君を愛していなかったわけではない」
「それ、みんな言います」
私は少し強い声になった。
「でも、愛しているなら、なぜ傷つけるんですか」
黒田は答えなかった。
しばらくして、古い箱を持ってきた。
「これは君のお母さんが残したものだ」
箱を開けると、中には大量の手紙が入っていた。
全部、私宛だった。
「18歳の誕生日に渡す予定だった」
私は震える手で一枚を取った。
『美月へ』
『もしあなたがこの手紙を読んでいるなら、あなたはもう自分の人生を歩いているでしょう』
『誰かがあなたを否定しても、それはあなたの価値ではありません』
涙が落ちた。
私はずっと欲しかった言葉を、母はずっと前に残していた。
黒田は静かに言った。
「君のお母さんは、君が軍人になることを望んだわけではない」
「え?」
「ただ、自分で選んだ道を最後まで歩いてほしかった」
私は手紙を握った。
帰る前。
黒田は最後に言った。
「美月」
「はい」
「君のお父さんが隠したのは、推薦のことだけじゃない」
私は振り返った。
「まだあるんですか?」
黒田は頷いた。
「君の卒業式の日、彼は本当は来る予定ではなかった」
「……何?」
「彼は前日、私に電話をしてきた」
黒田の声が低くなる。
「君に謝る方法を教えてほしい、と」
私は動けなかった。
「でも、なぜ……」
黒田は窓の外を見た。
「彼は、君に会う直前に一通のメールを受け取った」
「誰から?」
黒田は答えた。
「君の母親を知る、もう一人の人物からだ」
私は嫌な予感がした。
「その人物は、君の家族を壊した理由を知っている」
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そして黒田は言った。
「君の継母、美奈子についても」