Chapter 13: 地下室に眠る母の告白
地下へ続く階段は、病院の表側とは別世界のようだった。
古い照明。
湿った空気。
誰も使っていないような静けさ。
私は鍵を握りしめながら、一歩ずつ降りていった。
後ろには父。
そして少し離れて美智子と結衣がいた。
誰も言葉を発しなかった。
ただ、全員が同じものを感じていた。
この先に、母が最後に残した答えがある。
階段の一番下。
古い金属製の扉があった。
扉には番号だけが書かれていた。
「B-17」
私は鍵を差し込んだ。
カチッ。
扉が開く。
中には、小さな保管室があった。
箱。
ファイル。
古い写真。
そして、中央の机の上に一つの封筒。
「咲希へ」
また母の字だった。
私はすぐには触れられなかった。
何度も母の字を見てきた。
でも、見るたびに胸が苦しくなる。
「開けて」
父が小さく言った。
私は振り返る。
「お父さんは知ってたの?」
父は目を伏せた。
「少しだけ」
「少しだけ?」
私は声を強めた。
「母さんがここに何を残したか知ってたの?」
父は答えなかった。
その沈黙が、私の中の不安を大きくした。
私は封筒を開けた。
中には手紙と、小さな録音機が入っていた。
母の声が残されている。
私は再生ボタンを押した。
しばらく雑音。
そして。
「咲希」
母の声。
私は息を止めた。
「もしこれを聞いているなら、あなたは本当のことを知る準備ができたのね」
涙が溢れる。
「まず謝らせてください」
母の声が震えた。
「私はあなたに、たくさんの秘密を残しました」
「でも、それはあなたを騙すためではありません」
録音の向こうで、母が深呼吸する音が聞こえた。
「あなたのお父さんについて話します」
私は父を見る。
父は目を閉じていた。
「彼は、あなたの実の父親ではありません」
その言葉は、もう知っていた。
でも、母の口から聞くと胸が痛んだ。
「それでも、彼は誰よりもあなたを愛しました」
母は続ける。
「あなたの本当のお父さんが亡くなった時、私は一人であなたを育てようとしていました」
「でも、彼が現れた」
録音の中で、母は少し笑った。
「彼は言ったのです」
「血が繋がっていなくても、父親になることはできる、と」
父の肩が震えた。
「でも、彼には一つ罪があります」
私は息を止めた。
「私が亡くなる前、彼は美智子さんの秘密を知りました」
美智子が顔を上げる。
「会社のお金のこと」
「私の治療のこと」
「そして、私が危険にさらされていること」
母の声が弱くなる。
「それでも彼は、すぐに警察へ行きませんでした」
私は父を見る。
父は涙を流していた。
「なぜなら、美智子さんが言ったからです」
「咲希の出生を世間に公表すると」
母は静かに言った。
「彼は間違った選択をしました」
「でも、彼が守ろうとしたものは、お金ではありません」
「あなたです」
私は唇を噛んだ。
父は完璧ではなかった。
でも。
私を捨てたわけではなかった。
録音は続く。
「そして、もう一人」
母の声。
「結衣について」
結衣が顔を上げる。
「彼女も被害者です」
美智子が目を閉じた。
「結衣は、私が最後に守りたかった子供の一人でした」
私は驚く。
「一人?」
母の言葉が続く。
「私は、美智子さんを許してはいません」
「でも、彼女の過去を知っていました」
「彼女は愛されない環境で育ち、愛し方を知らなかった」
「だから、間違った方法で家族を手に入れようとした」
美智子の目から涙が落ちた。
「でも咲希」
母の声が強くなる。
「あなたが許す必要はありません」
「傷ついたことを忘れなくていい」
「ただ、憎しみだけで未来を決めないで」
録音の最後。
母は小さく言った。
「最後にお願いがあります」
「この家族を、もう一度あなた自身の手で選んでください」
録音が終わった。
誰も話さなかった。
しばらくして。
父が震える声で言った。
「咲希」
私は父を見る。
「ごめん」
その一言に、長い年月の重さがあった。
「俺は父親失格だった」
私はすぐには答えられなかった。
許すには時間が必要だった。
でも、一つだけ分かった。
この人は私を守ろうとして、間違えた。
その時。
保管室の奥で、小さな箱があることに気づいた。
箱の中には、最後の書類。
そして、一枚の写真。
そこには母、父、私。
そして結衣。
裏には母の文字。
「本当の家族は、血ではなく選び続けることでできる」
私は写真を握った。
しかし、その下にもう一枚。
別の紙が隠れていた。
そこには、見知らぬ名前。
そして日付。
母が亡くなった翌日。
「遺産移行契約」
私は息を止めた。
誰かが、母の死後すぐに財産を動かそうとしていた。
署名欄を見る。
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そこにあった名前。
「美智子」