Chapter 15: 母が残した最後の贈り物
その名前を見た瞬間。
胸の奥がざわついた。
知らない名前。
でも、母が最後に残したもの。
私は翌日、その人物を探した。
住所は古い町の小さな家だった。
玄関前に立った時。
なぜか涙が出そうになった。
ドアを開けたのは、年配の女性だった。
私を見るなり、目を大きく開いた。
「……咲希?」
私は驚いた。
「私のことを知っているんですか?」
女性は涙を浮かべた。
「やっぱり……」
彼女は震える手で私の頬に触れた。
「あなた、お母さんにそっくり」
私は息を止めた。
「あなたは誰ですか?」
女性は静かに答えた。
「私は、あなたの実の父親の母親」
つまり。
私の祖母。
私は何も言えなかった。
母が最後に残した人。
それは、血の繋がった家族だった。
家に入ると、女性は古いアルバムを出した。
そこには、知らない父親の姿。
そして、若い頃の母。
「あなたのお母さんは、本当に強い人だった」
祖母は言った。
「息子が亡くなった後も、あなたを守り続けた」
私は写真を見る。
「なぜ、今まで会わなかったんですか?」
祖母は悲しそうに笑った。
「会おうとした」
「でも、お母さんが止めたの」
私は驚いた。
「どうして?」
「あなたが普通の人生を送れるように」
母は最後まで私を守っていた。
誰かに愛されることより。
誰かを愛することを選んでいた。
帰り道。
私は母のワンピースを抱えていた。
もう、この服は悲しい記憶ではなかった。
母の愛そのものだった。
数ヶ月後。
私は小さな式を開いた。
結婚式ではなかった。
家族だけの集まり。
父。
結衣。
祖母。
そして、母の写真。
私は修復されたワンピースを飾った。
着ることはしなかった。
でも、そこに置いた。
母が一緒にいるように。
結衣が私の隣に来た。
「綺麗だね」
「うん」
「最初は……この服、嫌いだった」
私は笑った。
「知ってる」
「でも今は違う」
結衣はワンピースを見る。
「この服のおかげで、私たちは本当のことを知れたから」
私は頷いた。
その夜。
私は母への手紙を書いた。
「お母さんへ」
「あなたが残した秘密は、最初は私を苦しめました」
「でも今は分かります」
「あなたが隠したのは真実ではなく、私を守る時間だったんだね」
窓の外を見る。
空には星が出ていた。
「私はまだ完璧に強くない」
「でも、大丈夫」
「あなたが教えてくれたから」
「家族は、血だけじゃなく、選び続けるものだって」
手紙を書き終えた時。
私はワンピースの内側を見る。
修理した裏地。
そこに、小さな刺繍が残っていた。
以前は気づかなかった文字。
母の手縫いだった。
「幸せになって」
私は涙を流しながら笑った。
あの日。
継母が母のワンピースを義理の妹に着せたことで、私の大切な思い出は壊されたと思った。
でも違った。
破れたのは服だけだった。
その瞬間、隠されていた真実が表に出た。
そして私は知った。
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失った母の愛は、消えたのではない。
ずっと、私を未来へ導いていたのだ。