Chapter 8: 結衣が知らなかった名前
翌日。
結衣は一人で私の部屋を訪ねてきた。
いつもの強気な態度は消えていた。
「咲希さん」
私は椅子を勧めた。
「何?」
結衣はしばらく黙っていた。
そして、小さな箱を机の上に置いた。
「これ、お母さんの部屋で見つけた」
箱の中には古い写真が入っていた。
一枚目。
若い母。
二枚目。
父。
そして三枚目。
見知らぬ男性。
私は写真を手に取った。
裏を見る。
そこには母の字。
「あなたと出会えたことを、私は一生忘れない」
私は眉をひそめた。
「この人は?」
結衣は首を振った。
「知らない」
「本当に?」
彼女は涙を浮かべた。
「本当に知らなかった」
私は黙って彼女を見る。
以前なら信じなかった。
でも今は分かる。
この家では、誰もが何かを隠されていた。
「昨日、お母さんに聞いた」
結衣が言った。
「あなたのお母さんについて」
「何て?」
結衣は唇を噛んだ。
「最初は怒られた」
「怒られた?」
「『余計なことを知る必要はない』って」
私は苦笑した。
「美智子さんらしいね」
結衣は俯いた。
「私……ずっと、お母さんは私の味方だと思ってた」
その言葉には悲しみがあった。
「でも違った」
結衣はバッグからもう一枚の紙を出した。
「これも見つけた」
それは古い銀行の書類だった。
名前。
金額。
そして受取人。
私はそこに書かれた名前を見て固まった。
「美智子さん……」
「そう」
結衣が頷く。
「でも、そのお金は私のお金だと思ってた」
私は書類を見る。
「あなたのお金?」
結衣は震える声で言った。
「お母さんは私に言ってた」
「何を?」
「『あなたには将来、大きなものが待っている』って」
嫌な予感がした。
「でも、それは私じゃなかった」
結衣は写真を見る。
「咲希さん」
「何?」
「この男性……知ってる?」
私はもう一度写真を見る。
どこかで見たことがある顔だった。
その時。
父が部屋に入ってきた。
「その写真……」
父の顔色が変わった。
「知ってるの?」
私が聞くと、父は写真を見た。
長い沈黙。
「この人は……」
父の声が震える。
「お前の本当の父親だ」
部屋の空気が止まった。
結衣が息を呑む。
私は何も言えなかった。
「じゃあ」
私はゆっくり聞いた。
「母さんが言っていた秘密って……」
父は頷いた。
「そうだ」
「美智子は、咲希の実の父親の財産を狙っていた」
私は写真を握る。
「でも、どうしてそんなこと知ってたの?」
父は目を伏せた。
「彼女は……」
「彼女は?」
父が言いかけた時。
突然、玄関のチャイムが鳴った。
父が不審そうに顔を上げる。
「こんな時間に誰だ?」
私は嫌な予感がした。
父が玄関へ向かう。
数秒後。
低い声が聞こえた。
「警察です」
全員が凍った。
父が戻ってくる。
その手には、一枚の書類。
「咲希」
父の顔は青ざめていた。
「お前の母親の遺産について、正式な調査が始まった」
私は書類を見る。
そこには、美智子の名前。
そして、もう一つ。
「告発者」
私は息を止めた。
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そこに書かれていた名前は。
「結衣」