Chapter 2: 母からの告白
リビングの空気は、数秒前までとは別のものになっていた。
誰も声を出さなかった。
時計の針が動く音だけが、異様に大きく聞こえた。
私は母からの封筒を握りしめた。
「……美智子さんへ、って書いてある」
私が言うと、美智子の表情が一瞬だけ崩れた。
「咲希、それは関係ないものよ」
「関係ない?」
私は封筒を見る。
「母さんがあなた宛に残したものなのに?」
美智子は立ち上がった。
「それは昔の話でしょう」
その言葉に、私は違和感を覚えた。
なぜ彼女は中身を知っているような反応をするのか。
父が低い声で言った。
「咲希、その手紙は……」
私は父を見る。
「何?」
父は口を閉じた。
その沈黙が答えだった。
「お父さん、知ってたの?」
「……」
「この手紙の存在を知ってたの?」
父の目が揺れた。
美智子が急に声を荒げた。
「あなたたち、何をそんなに大げさにしているの?」
私は彼女を見る。
「じゃあ、読んでも問題ないよね?」
美智子は黙った。
私は封筒を開けた。
中には、一枚の手紙と、小さなUSBメモリーが入っていた。
母の字で書かれた手紙。
震える指で読み始める。
「咲希へ」
その一行だけで、涙が溢れそうになった。
「もしこの手紙をあなたが読む日が来たなら、お母さんはもうあなたの隣にはいないでしょう」
部屋の中が静まり返る。
「でも、どうか悲しまないで。あなたには知る権利があります」
私は続きを読んだ。
「私は病気になってから、家の中で起きていることに気づきました」
私の心臓が強く打った。
「美智子さんは、あなたが思っているような人ではありません」
美智子が息を呑んだ。
「やめなさい」
彼女が低く言った。
私は顔を上げた。
「まだ読んでない」
「咲希!」
初めて、彼女が私の名前を叫んだ。
その反応が、すべてを証明していた。
結衣も不安そうに母を見る。
「お母さん……何なの?」
美智子は答えなかった。
私は再び手紙を見る。
「あなたのお父さんは、私を守ろうとしていました。でも、最後には何もできなかった」
父が目を伏せた。
「お父さん……?」
父は椅子に座り込んだ。
私は震える声で聞いた。
「何を知ってるの?」
父は長い沈黙の後、言った。
「お前が大きく傷つくと思って……」
「もう傷ついてる」
私の声が震えた。
「母さんが残したものを、勝手に使われた時点で」
父は何も返せなかった。
私は手紙を読み続けた。
「咲希、美智子さんはあなたのお母さんの宝物を奪おうとしました」
美智子の顔が青ざめた。
「でも、本当に怖かったのは物ではありません」
次の文章を読んだ瞬間。
私の手が止まった。
「彼女が欲しかったのは、あなたのお父さんのお金だけではありませんでした」
部屋の全員が固まる。
私はゆっくり顔を上げた。
「どういう意味?」
美智子は突然、私へ歩いてきた。
「その手紙を渡しなさい」
私は一歩下がった。
「嫌」
「咲希」
「母さんが最後に残した言葉なの」
美智子の目に怒りが浮かんだ。
「あなたは何も知らないくせに」
その瞬間。
結衣が小さく呟いた。
「お母さん……」
美智子が振り向く。
「何?」
結衣は震えていた。
「もしかして……私にも嘘をついてたの?」
誰も予想していない言葉だった。
美智子の顔が変わった。
「結衣、黙りなさい」
私はその反応を見逃さなかった。
母の手紙。
美智子への封筒。
父の沈黙。
そして結衣の怯えた顔。
すべてが一本の線で繋がり始めていた。
私はUSBメモリーを手に取った。
その時、父が立ち上がった。
「咲希、それだけは……」
私は父を見る。
「なぜ?」
父の唇が震える。
「それを再生したら……もう、この家族は元には戻れない」
私はUSBを握りしめた。
そして思った。
母はきっと、この瞬間が来ることを分かっていた。
だからワンピースの中に隠したのだ。
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でも、まだ私は知らなかった。
その中に残されていた母の最後の記録が、私だけではなく、父と美智子の人生そのものを変えることになるとは。