Chapter 10: 母になるための戦い
裁判申立書を握った瞬間。
私の指先が冷たくなった。
紙に書かれた文字。
一つ一つが、現実とは思えなかった。
健太は。
私のお腹の中にいる子を、自分の権利として扱っていた。
まるで物のように。
「精神的に不安定」
その言葉を見た時、胸の奥が締め付けられた。
私は一度も、自分の子供を傷つけたことなんてない。
毎日、食事に気をつけた。
夜中に眠れなくても、赤ちゃんのために笑った。
不安になるたびに、お腹に手を置いて言った。
「大丈夫」
「ママが守るから」
なのに。
健太は私を悪者にしようとしている。
「優花」
父が心配そうに呼ぶ。
私は顔を上げた。
「大丈夫」
自分でも驚くほど、声は落ち着いていた。
「もう怖くない」
田中弁護士が書類を確認する。
「これはかなり悪質です」
「健太さん側は、優花さんの妊娠中のストレスや家庭内トラブルを利用して、親権争いで有利にしようとしている可能性があります」
私は拳を握る。
「でも、証拠があります」
美咲が小さく言った。
「メール」
彼女はテーブルに置いた。
健太と悦子のやり取り。
そこには、私を追い出す計画。
財産を手に入れる計画。
そして、子供についての話。
全部が残っていた。
田中弁護士は頷いた。
「これは大きいです」
「ただ」
彼は少し表情を曇らせた。
「相手も簡単には諦めないでしょう」
その言葉の通りだった。
翌日。
健太から連絡が来た。
『話したい』
私は無視した。
数分後。
また通知。
『最後に一度だけ』
私は画面を見つめる。
以前なら。
会いに行っていたかもしれない。
彼の悲しそうな声を聞けば、許してしまったかもしれない。
でも今は違う。
私は返信した。
『弁護士を通してください』
送信。
すぐ既読になった。
そして数秒後。
電話が鳴った。
健太だった。
私は出なかった。
その夜。
実家の庭で風に当たっていると。
父が隣に座った。
「優花」
「ん?」
「強くなったな」
私は少し笑った。
「強くなったんじゃない」
「強くならなきゃいけなくなっただけ」
父は黙った。
私はお腹に手を置く。
「この子がいるから」
父の目に涙が浮かんだ。
「俺はずっと、お前を守っているつもりだった」
「でも」
「本当に守るべきものは、お前が決めるものだったんだな」
その言葉に胸が熱くなった。
数日後。
初めての話し合いの日が来た。
場所は弁護士事務所。
健太。
悦子。
私。
そして、それぞれの代理人。
部屋に入った瞬間。
悦子は私を見るなりため息をついた。
「まだこんなことを続けるの?」
私は黙った。
彼女は続ける。
「家族の問題でしょう」
私は静かに答えた。
「家族なら」
「なぜ私の顔にケーキを投げたんですか?」
悦子の顔が固まる。
健太も目を逸らした。
「それは感情的になっただけ」
私は笑った。
「感情的」
「便利な言葉ですね」
「人を傷つけても、その一言で終わる」
部屋が静かになる。
健太が口を開いた。
「優花」
「俺は本当に反省してる」
私は彼を見る。
「何を反省しているの?」
健太は黙る。
「私を裏切ったこと?」
「妹と関係を持ったこと?」
「母親に私を傷つけさせたこと?」
彼の顔が歪む。
「全部だ」
私は首を振った。
「違う」
「あなたが反省しているのは」
「自分が失敗したことだけ」
その瞬間。
悦子が机を叩いた。
「いい加減にしなさい!」
「健太はあなたを選んだのよ!」
私は彼女を見る。
「選んだ?」
「何を?」
悦子は言葉に詰まる。
私は続けた。
「私自身?」
「それとも、私の父の財産?」
沈黙。
その沈黙が答えだった。
話し合いが終わった後。
田中弁護士が言った。
「優花さん」
「相手側はかなり焦っています」
私は聞く。
「なぜですか?」
彼は一枚の資料を出した。
「健太さんの過去の金融記録を調査した結果」
「新しい事実が見つかりました」
そこには。
一つの会社名。
そして。
健太が過去に関わった事件記録。
私は目を見開いた。
「これは……」
田中弁護士が言う。
「健太さんは、あなたと結婚する前から」
「別の女性にも同じ方法を使っていました」
私の背筋が凍った。
May you like
つまり。
私は最初ではなかった。