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Chapter 5: 崩れた夫婦の仮面

家を出てから、私は一度も振り返らなかった。

背中に健太の声が聞こえた。

「優花!」

でも、足は止まらなかった。

止めてしまえば、また彼の言葉を信じてしまう気がした。

車に乗り込むと、父が助手席のドアを閉めた。

しばらく誰も話さなかった。

夜の街を走る車の窓に、私の顔が映る。

泣いているようには見えなかった。

不思議だった。

あれだけ傷ついたのに。

涙より先に、心の中に静かな決意が広がっていた。

「優花」

父が言った。

「謝らせてくれ」

私は窓の外を見たまま答えた。

「何について?」

「もっと早く話すべきだった」

私は少し黙った。

「お父さん」

「ん?」

「私、健太が好きだった」

父は黙る。

「本当に、この人なら大丈夫だと思ってた」

「だから疑わなかった」

声が震える。

「自分が馬鹿だったって思う」

父はすぐに首を振った。

「違う」

「優花」

父の声は優しかった。

「信じることは馬鹿じゃない」

「裏切った人間が悪い」

私は唇を噛んだ。

でも、その言葉だけでは消えない痛みがあった。

翌朝。

私は弁護士事務所へ向かった。

健太との結婚生活を、感情ではなく現実として整理するために。

机の上には大量の書類が並んだ。

担当弁護士の田中さんが説明する。

「優花さん、確認したところ、健太さんは複数の金融機関から借入があります」

「そして、一部についてあなたとの共有財産を担保にする計画がありました」

私は書類を見る。

知らない名前。

知らない契約。

知らない署名。

でも、一つだけ知っているものがあった。

私の印鑑。

「これ……」

田中さんが頷く。

「問題はそこです」

「この印鑑は、健太さんが勝手に使用した可能性があります」

背筋が冷たくなった。

「つまり」

「はい」

田中さんは言った。

「健太さんは、優花さんの知らないところで、あなたの財産を利用しようとしていた可能性があります」

私は目を閉じた。

あの優しい笑顔。

あの「家族を大切にする」という言葉。

全部が別の意味に聞こえた。

その日の午後。

私は一人で実家の庭に座っていた。

お腹の中の子が小さく動いた。

私はそっと手を置く。

「ごめんね」

自然に言葉が出た。

「こんな怖い思いをさせちゃったね」

その時。

スマホが鳴った。

健太からだった。

画面を見つめる。

出るつもりはなかった。

でも、何度も鳴り続ける。

私は迷った後、通話ボタンを押した。

「……何?」

沈黙。

そして健太の震える声。

「優花」

「お願いだから話を聞いてくれ」

私は冷たく答えた。

「何を?」

「俺は……間違えた」

「間違えた?」

私は笑った。

「ケーキを投げたお母さんも?」

「俺を裏切ったあなたも?」

健太は黙る。

「全部、俺の責任だ」

私は少し驚いた。

初めて彼が認めた。

でも。

遅すぎた。

「優花」

彼が言う。

「里奈とのことも……説明したい」

私の指が止まった。

「まだ何かあるの?」

健太の沈黙。

その瞬間、嫌な予感がした。

「健太」

「何を隠してるの?」

長い沈黙の後。

彼は小さな声で言った。

「里奈は……」

「ただの不倫相手じゃない」

心臓が強く鳴った。

「どういう意味?」

健太の声が震える。

「彼女は……」

その時。

電話の向こうで別の声が聞こえた。

女性の声。

「健太、もう話したの?」

私は息を止めた。

その声。

聞き覚えがあった。

でも。

ありえないと思った。

「里奈さん?」

私が名前を言うと、電話の向こうが静かになった。

そして健太ではなく。

その女性が答えた。

「優花さん」

「やっと話せましたね」

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私は凍りついた。

なぜなら、その声の主は――

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