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Chapter 4: 信じていた人の名前

「その人物の名前は――」

弁護士の声が電話越しに響いた。

私は玄関の前で立ち止まった。

後ろには、まだ混乱したままの家族たち。

目の前には、私が数時間前まで「帰る場所」だと思っていた家。

そして電話の向こうには、私の人生を変える一言を待つ人。

「……誰ですか?」

私の声は、自分でも驚くほど冷静だった。

弁護士は少し沈黙した。

まるで、その名前を口にすることが私を傷つけると分かっているようだった。

「優花さんのお父様です」

心臓が一瞬止まった。

「……え?」

聞き間違いだと思った。

父?

隣に立っている父を見る。

父は私の顔色が変わったことに気づいた。

「優花、どうした?」

私は答えられなかった。

電話の向こうで弁護士が続ける。

「正確には、健太さんが連絡を取っていた相手は、優花さんのお父様の会社に関係する人物です」

私は息を吐いた。

「父が……?」

頭の中が混乱する。

健太が父と?

なぜ?

「詳しく説明してください」

「健太さんは、妊娠報告を受けた翌日に、ある投資契約について問い合わせています」

弁護士の声は慎重だった。

「その契約には、優花さんのお父様の名前が利用されています」

私はスマホを握りしめた。

「利用?」

「はい」

父が近づいてくる。

「優花」

私は電話を切らずに、父へ画面を向けた。

「お父さん……健太があなたの名前を使ったって」

父の表情が変わった。

その瞬間。

私は理解した。

父は何かを知っていた。

でも、私には言わなかった。

「お父さん」

声が震える。

「知ってたの?」

父は目を伏せた。

「……一部だけだ」

その言葉に胸が痛んだ。

「一部?」

「健太が金銭的な問題を抱えていることは知っていた」

「じゃあ、どうして私に言わなかったの?」

父は苦しそうに唇を噛んだ。

「優花、お前は健太を本当に愛していた」

その答えが、逆に苦しかった。

「だから?」

「だから、俺が何を言っても聞かなかったと思った」

私は笑った。

悲しい笑いだった。

「お父さんまで、私を子供扱いしてたんだね」

父は何も言わなかった。

その沈黙が痛かった。

後ろから健太の声が聞こえた。

「優花」

振り返る。

彼は青ざめていた。

「違うんだ」

「何が?」

「君のお父さんに迷惑をかけるつもりはなかった」

私は彼を見る。

「じゃあ何のつもりだったの?」

健太は答えられない。

「私が妊娠した次の日に、あなたは何を考えていたの?」

彼の目が揺れた。

「家族を守ろうとした」

私は首を振った。

「違う」

一歩近づく。

「あなたが守ろうとしたのは、家族じゃない」

「自分でしょう?」

健太の顔が歪んだ。

その時、悦子が突然口を開いた。

「優花」

私は彼女を見る。

「まだ健太を責めるの?」

驚いた。

本当に驚いた。

「お義母さん」

私はゆっくり言った。

「今の話を聞いても、まだ彼を庇うんですか?」

悦子は視線を逸らした。

「男には色々あるのよ」

その一言で、何かが完全に冷めた。

「女には何もないんですか?」

私は聞いた。

「裏切られても、我慢するだけ?」

悦子は黙った。

私はバッグを持ち直した。

「もう帰ります」

健太が焦ったように言う。

「待ってくれ」

「何?」

「俺は君を失いたくない」

私は彼を見る。

「あなたはもう失ったよ」

「何を?」

私は静かに答えた。

「私の信頼」

玄関のドアに手をかける。

その瞬間。

父が低い声で言った。

「優花」

振り返る。

父は一枚の書類を持っていた。

「まだ見せていないものがある」

私は眉をひそめる。

「何?」

父は健太を見る。

「これは、お前が結婚する前に作られたものだ」

健太の顔色が変わった。

「お父さん、それは……」

父は書類を開いた。

「婚姻後の財産管理契約」

私は息を止めた。

父が言う。

「健太は結婚する前から、ある条件を提示していた」

「もし離婚になった場合――」

父の声が低くなる。

「優花が持っている財産の一部を請求できるように」

部屋の空気が凍った。

私は健太を見る。

「……私と結婚した理由は」

声が震える。

「お金だったの?」

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健太は何も言わなかった。

そして、その沈黙こそが答えだった。

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