Amazed

Chapter 2: 夫が隠していた名前

私はスマホの画面を見つめたまま動けなかった。

周囲の声が遠くなる。

誰かが「何のメッセージ?」と言った。

誰かが椅子を引いた。

でも、私の耳には何も入ってこなかった。

画面に表示された文章。

それは、私が知らない健太の人生だった。

「優花?」

健太の声。

私は顔を上げた。

彼は怯えていた。

初めて見る表情だった。

いつも自信満々で、どんな問題も笑って流してきた男。

その男が、今だけは明らかに焦っていた。

「何を見たんだ?」

私はスマホを握りしめた。

「あなたが知りたいことを、今から全員に見せる」

悦子が鼻で笑った。

「大げさね」

さっきまで私を追い出そうとしていた女性は、まだ自分が優位だと思っていた。

「夫婦の問題でしょう?」

私は彼女を見る。

「そうですね」

一拍置く。

「でも、お義母さんも関係あります」

悦子の顔が固まる。

父が書類をテーブルに置いた。

「健太」

「何だよ」

「この家が自分のものだと、親戚全員に言っていたな」

健太は黙る。

「会社の人間にもそう話していた」

父の声が震えていた。

「優花が結婚前から貯めていた金で買った家なのに」

悦子が健太を見る。

「健太……?」

彼は目を逸らした。

その瞬間、私は確信した。

この人は今日だけ嘘をついているんじゃない。

ずっと嘘をついていた。

三年前。

健太と出会った時、彼は言った。

「家族を一番大切にする男になりたい」

私はその言葉を信じた。

父が病気になった時も、健太は病院まで送ってくれた。

母の誕生日には花を贈った。

優しい人だと思った。

でも、本当の彼は。

都合のいい時だけ優しい人だった。

「優花」

健太が小さな声で言った。

「二人で話そう」

私は首を振った。

「もう二人で話す段階は終わった」

「何を言ってるんだ」

「あなたは私を守らなかった」

静かな声だった。

「今日じゃない」

私は続ける。

「今までずっと」

健太の顔が曇った。

その時、スマホにもう一度通知が来た。

弁護士からだった。

私は読み上げた。

「健太さんには、現在も別の住所に住民登録されている女性との金銭取引記録があります」

空気が変わった。

悦子が瞬きをする。

「女性?」

健太が叫んだ。

「違う!」

初めて声を荒げた。

でも遅かった。

私は画面を見せた。

「この名前、誰?」

そこにあった名前。

「里奈」

健太の顔から血の気が引いた。

悦子が震える声で聞く。

「健太……これは何?」

彼は何も答えなかった。

私はお腹に手を置いた。

「私が妊娠してから、あなたが何度も帰りが遅かった理由」

健太は黙る。

「仕事じゃなかったんだね」

「優花、聞いてくれ」

「何を?」

私は笑った。

「言い訳?」

健太が近づいてくる。

「違う。彼女とはもう終わってる」

その言葉で、私は胸が痛むより先に怒りを感じた。

「終わってる?」

私は聞き返した。

「じゃあ、始まっていたことは認めるのね」

誰も何も言わなかった。

悦子は椅子に座り込んだ。

さっきまで強気だった女性が、小さくなっていた。

でも、私はまだ知らなかった。

健太が隠していたものは、不倫だけではなかった。

弁護士から届いた最後の添付ファイル。

それを開いた時。

私は自分の父親がなぜ健太を最初から信用していなかったのか理解した。

そこには、健太の名前と。

私の知らない契約書があった。

May you like

そして、その契約書の日付は――

私が妊娠を告げた日だった。

Related Stories

Other posts