Chapter 8: 校長室の秘密
校長室の中で、時間が止まったようだった。
誰も声を出さなかった。
蓮くんの視線は、写真の裏に書かれた名前から離れなかった。
「……校長先生」
彼の声は小さかった。
「これは何ですか?」
樋口校長はすぐに答えなかった。
いつも冷静だった彼の顔に、初めて迷いが見えた。
「説明する」
「説明してください」
蓮くんの声には怒りが混じっていた。
「僕はもう、何も知らないままにされたくありません」
その言葉に、校長はゆっくり頷いた。
「分かった」
彼は椅子に座った。
「君のお父さんとは、大学時代からの友人だった」
蓮くんは驚いた。
「父さんと?」
「彼はとても頭の良い人だった。そして、人を見る力もあった」
校長は写真を見た。
「だが、家族の中で起きていた問題には気づくのが遅かった」
「叔母さんのことですか?」
「そうだ」
校長は頷いた。
蓮くんのお父さんの妹。
彼女は家族の会社を守るためと言いながら、実際には自分の利益を優先していた。
そして、蓮くんの父親が亡くなった後、財産を完全に手に入れようとしていた。
「でも、なぜ学校が関係あるんですか?」
私が聞くと、校長は答えた。
「蓮くんのお父さんは、彼の才能を守ろうとした」
「才能?」
「彼は10歳の子どもでは考えられない数学能力を持っていた」
校長は蓮くんを見る。
「お父さんは、それを金や名誉のためではなく、自由に伸ばしてほしいと思っていた」
蓮くんは黙って聞いていた。
「しかし、叔母は違った」
校長は続けた。
「彼女は蓮くんを自分の管理下に置きたかった」
「どうして?」
「彼女が必要としていたのは、才能そのものだった」
その言葉に、私は寒気がした。
蓮くんはただの子どもではなく、誰かの目的のために利用されようとしていた。
「坂本先生は?」
蓮くんが聞いた。
校長は目を伏せた。
「彼女は最初、協力者ではなかった」
「最初?」
「彼女には借金があった」
その瞬間、すべてが繋がり始めた。
坂本先生はお金で脅されていた。
だから蓮くんを追い詰めた。
でも、それだけではなかった。
「じゃあ、先生は……」
蓮くんは呟いた。
「本当に僕を嫌っていたわけじゃない?」
校長は答えなかった。
代わりに、机の引き出しから古い封筒を取り出した。
「これは君のお父さんが私に預けたものだ」
「なぜ今まで?」
「君が危険になった時だけ渡すよう言われていた」
蓮くんは封筒を見る。
表には一言だけ書かれていた。
『蓮が自分を責め始めた時』
蓮くんの目に涙が浮かんだ。
校長が封筒を開く。
中にはUSBメモリと、短い手紙が入っていた。
『樋口へ。
もしこれを渡す日が来たなら、私は失敗した。
だが、まだ遅くない。
蓮の周りにいる敵は、彼を傷つける人間ではない。
彼を孤独にさせる人間だ』
校長の手が止まった。
「続きがあります」
彼は読み進めた。
『そして、一番注意すべき人物は……』
全員が息を飲んだ。
『学校の中にいる人間だ』
その瞬間。
校長室の電気が突然消えた。
真っ暗になる。
誰かが叫んだ。
「何!?」
窓の外から、走り去る足音。
警備員がすぐに外へ向かった。
数秒後。
電気が戻った。
しかし、机の上に置いていたUSBメモリが消えていた。
校長が青ざめる。
「まさか……」
蓮くんが震える声で聞いた。
「誰が持っていったんですか?」
校長は答えた。
「分からない」
そして、床に落ちていた一枚の紙を拾った。
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そこには短いメッセージが書かれていた。
『次は母親だ』