Chapter 10: 妻が残した最後の証言
写真を見た瞬間、時間が止まった。
そこに写っていたのは、間違いなく妻だった。
病気になる前の、まだ元気だった頃の笑顔。
そして隣にいる女性。
翔太の母親、美香。
私は何度も写真を見返した。
「どうして……」
声にならない声が漏れる。
里奈も画面を見つめていた。
「お母さん……この人と会っていたの?」
私は答えられなかった。
妻は私に何も言わなかった。
美香という女性の存在すら、私は知らなかった。
「翔太のお母さんって……」
里奈が震える声で言った。
「お父さん、聞いたことない?」
「ない」
「翔太は、お母さんは昔亡くなったって言ってた」
私は眉をひそめた。
何かがおかしい。
翔太は自分の家族について、ほとんど話さなかった。
それを私は、人には触れられたくない事情があるのだと思っていた。
だが違った。
彼は隠していた。
意図的に。
その夜、警察から連絡が入った。
「〇〇さん、写真について確認しました」
「何か分かりましたか」
「はい」
警察官の声は慎重だった。
「その写真は、約二年前に撮影されたものです」
私は驚いた。
「二年前?」
妻が亡くなったのは三年前。
つまり。
妻は亡くなる直前まで、美香と会っていた。
「何を話していたんですか」
「そこまではまだ分かっていません」
警察官は続けた。
「しかし、美香さんについて新しい情報があります」
「何ですか」
「彼女は過去に金融関係のトラブルを起こしています」
私は息を止めた。
「翔太と同じ……」
「可能性があります」
電話を切った後、私は妻の手紙をもう一度開いた。
最後のページ。
まだ読んでいない部分があった。
『あなたへ』
『もし里奈の周りに翔太という人物が現れたなら、注意してください』
私は震えた。
妻は知っていた。
翔太の存在を。
『彼の母親、美香さんから相談を受けました』
『彼女は息子を止めたいと言っていました』
私はページをめくる。
『でも、最後に彼女がしたことを、私は許すことができませんでした』
そこから先は、文字が滲んでいた。
まるで妻が書きながら泣いていたようだった。
『美香さんは、翔太が誰かの財産を狙っていることを知っていました』
『それでも止められなかった』
私は拳を握った。
なぜ妻は私に言わなかった。
なぜ一人で抱え込んだ。
里奈が小さく言った。
「お母さんは……私を守ろうとしてたんだ」
私は頷いた。
「でも、守りきれなかった」
その時、玄関の外で物音がした。
私は立ち上がる。
警戒しながらドアを見る。
すると、ドアの隙間から一枚の封筒が差し込まれた。
誰かが置いていった。
私は慎重に拾う。
差出人なし。
中には古いUSBメモリが入っていた。
そして紙が一枚。
『奥さんの本当の死因を知りたければ、これを見ろ』
私の手が止まった。
「死因?」
里奈が顔を青くする。
「お母さんは病気で亡くなったんじゃ……」
私もそう思っていた。
医師から説明を受けた。
長い闘病の末だった。
それに疑問を持ったことなど一度もなかった。
しかし。
なぜ今、こんなものが送られてきたのか。
私はUSBを握りしめた。
パソコンを開く。
中には一つの動画ファイル。
再生する。
画面に映ったのは――
妻だった。
病室。
弱った姿。
でも、その目には強い意思があった。
『もしこの動画を見ているなら、私はもうあなたの隣にいないでしょう』
私は息を止めた。
妻の声。
もう二度と聞けないと思っていた声。
『あなたに伝えたいことがあります』
画面の中の妻は続けた。
『私の病気は、偶然だけではありません』
部屋の空気が凍った。
『誰かが、私の治療情報を操作していました』
里奈が口を押さえる。
私は画面に釘付けになる。
『そして、その人物は――』
動画が突然止まった。
画面が暗くなる。
残り時間。
わずか数秒。
私は何度も再生ボタンを押した。
しかし、そこから先は再生されなかった。
誰かが途中で削除している。
妻が最後に言おうとした名前。
それは誰だったのか。
その夜。
警察から再び電話が来た。
「〇〇さん」
「はい」
「USBについて調べました」
「何か分かりましたか」
警察官は低い声で言った。
「送信元が判明しました」
「誰ですか」
短い沈黙。
そして。
「翔太さんの母親、美香さんです」
私は凍りついた。
妻を守ろうとしていた人物。
それとも。
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妻を追い詰めた人物。
真実は、まだ闇の中だった。