Chapter 4: 隠された診療記録
「お父さん……」
里奈の声が小さく震えた。
私は玄関から動けなかった。
病院からの電話。
翔太からのメッセージ。
二つの出来事が、一本の糸で繋がっているような気がした。
「何が書いてある?」
私は聞いた。
里奈はスマートフォンを握ったまま、画面を見つめていた。
「……」
「里奈」
彼女の肩が震える。
「翔太から……」
「何だ」
「病院のことを聞かれてる」
胸の奥が冷たくなった。
「病院のこと?」
里奈はゆっくり画面を見せた。
そこには短いメッセージがあった。
『検査結果はどうだった?』 『まだ父親には言ってないよな?』
私は眉をひそめた。
「何の話だ?」
里奈は答えられなかった。
その沈黙が、また私を傷つけた。
「お前は知っていたのか?」
「違う……全部じゃない」
「全部じゃない?」
私は声を荒げそうになるのを必死で抑えた。
「何を知っていた」
里奈は目を伏せた。
「翔太が……お父さんの手術について調べていたこと」
空気が止まった。
「なぜ?」
「分からない」
「嘘だ」
自分でも驚くほど冷たい声だった。
里奈は泣きそうな顔をした。
「本当に分からないの」
私は壁に手をついた。
心臓の奥が痛む。
でも、今感じている痛みが病気によるものなのか、裏切りによるものなのか分からなかった。
「病院に行く」
私は上着を取った。
「今?」
里奈が驚く。
「今確認しなければ、また何か隠される」
「私も行く」
私は振り返った。
「なぜ?」
「私も……知りたい」
その顔を見て、少しだけ迷った。
昔の里奈なら、こんな顔をしていた。
悪いことをした子供が、父親の許しを求める顔。
しかし今の私は、簡単には信じられなかった。
「勝手にしろ」
そう言って、私は家を出た。
病院に着くと、担当医の佐藤先生がすぐに診察室へ案内してくれた。
「〇〇さん、急な呼び出しで申し訳ありません」
「何が起きたんですか」
先生は机の上に数枚の書類を置いた。
「あなたの過去の診療記録を確認しました」
「はい」
「三週間前の検査後、手術日について変更依頼が入っています」
私は首を傾げた。
「変更依頼?」
「はい」
「私はしていません」
先生は頷いた。
「だから確認が必要でした」
里奈が息を飲む。
「誰が……?」
佐藤先生は書類を見る。
「患者本人の家族を名乗る人物から連絡がありました」
「名前は?」
先生は一瞬ためらった。
そして言った。
「里奈さんです」
私は娘を見る。
里奈の顔から血の気が引いた。
「違う!」
彼女はすぐに叫んだ。
「私、そんな電話してない!」
「病院側の記録には、あなたの名前と住所確認があります」
「でも……」
里奈は言葉を失った。
私は椅子に座ったまま、何も言えなかった。
娘の名前が使われた。
誰かが彼女になりすました。
それとも――
「里奈」
「違う、お父さん」
彼女は涙を流した。
「私じゃない」
私は目を閉じた。
信じたい。
でも、今まで何度もそう思って裏切られた。
佐藤先生が続ける。
「さらに問題があります」
「まだあるんですか」
「はい」
先生は別の書類を出した。
「手術費用の支払い予定が変更された記録があります」
「誰が?」
「登録された連絡先から変更されています」
私はその番号を見た。
知らない番号だった。
しかし里奈が見た瞬間、顔色を変えた。
「……」
「知っているのか?」
里奈は震える声で言った。
「翔太の番号」
その瞬間、全てが繋がり始めた。
だが、まだ理解できないことがあった。
なぜ翔太が私の手術を遅らせる必要があるのか。
保釈金のためだけではない。
もっと大きな理由がある。
病院を出た後、里奈は黙って歩いていた。
「お父さん」
「何だ」
「私……翔太に会って聞く」
私は足を止めた。
「一人で?」
「うん」
「危険かもしれない」
里奈は苦しそうに笑った。
「もう逃げたくない」
その言葉を聞いた時、初めて少しだけ娘の本当の声を聞いた気がした。
しかし、その夜。
里奈が翔太に会いに行ってから三時間。
連絡はなかった。
私は何度も時計を見た。
午前0時を過ぎた頃。
スマートフォンが鳴った。
表示された名前。
里奈。
急いで出る。
「里奈?」
返事がない。
代わりに聞こえたのは、男の声だった。
「〇〇さん」
背筋が凍った。
翔太だった。
「娘さんを探していますか?」
私は立ち上がった。
「里奈に何をした」
電話の向こうで、翔太は笑った。
「あなたはまだ何も知らないんですね」
「何の話だ」
「あなたの手術費用」
一瞬、息が止まる。
「それは始まりに過ぎません」
翔太の声が低くなる。
「本当の問題は、あなたが死んだ後に誰が何を受け取るかです」
電話が切れた。
私は暗い部屋でスマートフォンを握りしめた。
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そして気づいた。
翔太が狙っていたのは、550万円だけではなかった。