Chapter 8: 消された記憶
翌朝。
私は里奈と一緒に銀行へ向かった。
車の中で、私たちはほとんど話さなかった。
以前なら、娘との沈黙は気まずくなかった。
でも今は違う。
互いの間に、知らない時間が存在しているようだった。
銀行に着くと、担当者が個室へ案内してくれた。
「〇〇様、お電話で伺った件ですね」
「はい」
担当者は慎重に書類を確認した。
「古い記録を調べました」
「何が分かりましたか」
担当者は一枚の書類を出した。
「この口座について、過去に一度、名義変更の相談がありました」
私は眉をひそめた。
「誰が?」
担当者は答えた。
「里奈様です」
横にいた里奈が青ざめた。
「違います」
「記録上はそうなっています」
「私じゃありません!」
私は彼女を見る。
また疑うべきなのか。
それとも、また誰かに利用されたのか。
担当者は続けた。
「ただし、問題があります」
「何ですか」
「本人確認時の記録映像があります」
映像。
それを見せてもらう。
画面に映った女性。
長い髪。
似た服装。
しかし顔がはっきりしない。
里奈が息を呑んだ。
「……」
「知っていますか?」
彼女は首を振った。
「分からない」
その時。
担当者が別の資料を出した。
「もう一つあります」
そこには、代理人申請書。
そして署名。
私はその名前を見た。
田村。
「彼が……」
銀行員は頷いた。
「田村様が手続きを補助しています」
私は拳を握った。
やはり。
田村はずっと裏で動いていた。
しかし、なぜ里奈の名前を使ったのか。
「お父さん」
里奈が小さな声で言った。
「私……思い出した」
私は顔を向ける。
「何を」
「半年前」
彼女は震えながら話した。
「翔太が、私に書類を見せたことがある」
「どんな?」
「お父さんの財産について」
私は黙って聞いた。
「その時、田村さんもいた」
「何を話していた?」
里奈は目を閉じた。
「『本人の意思確認が取れれば問題ない』って」
背筋が寒くなった。
つまり、彼らは準備していた。
私が死ぬ前から。
銀行を出た後。
私は警察へ連絡した。
しかし、その途中。
里奈のスマートフォンが鳴った。
画面を見る。
翔太。
彼女は出なかった。
しかしすぐにメッセージが届いた。
『お父さんに全部話したのか?』
里奈の顔が強張る。
続けて。
『なら、君も終わりだ』
私はその文章を見た。
「警察に渡す」
里奈は頷いた。
しかし、その直後。
知らない番号から電話が来た。
私のスマートフォンだった。
出る。
「〇〇さん」
聞き覚えのある声。
田村だった。
「娘さんを責めないでください」
私は怒りを抑えた。
「今さら何を言う」
「彼女も被害者です」
「お前が言うな」
田村は少し黙った。
「実は、あなたに伝えなければならないことがあります」
「何だ」
「里奈さんは、あなたの実の娘ではありません」
世界が止まった。
「……何?」
里奈が私を見る。
電話の向こうで田村が続けた。
「奥さんは、あなたに真実を伝えないまま亡くなりました」
私は何も言えなかった。
「証拠はあります」
田村の声。
「病院の出生記録です」
電話が切れた。
私はその場に立ち尽くした。
里奈も震えていた。
「お父さん……」
私は彼女を見る。
二十年以上、娘だと思って育ててきた。
笑顔も。
涙も。
思い出も。
全部が嘘なのか。
その夜。
家に戻ると、郵便受けに一通の封筒が入っていた。
差出人。
知らない病院。
中には一枚の書類。
DNA検査結果。
私は震える手で開いた。
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そして、そこに書かれていた結果を見た瞬間。
私の世界は再び崩れ落ちた。