Chapter 3: 破られた家族の約束
表示された名前。
それを見た瞬間、私は息をするのを忘れた。
里奈。
警察官の画面には、送金確認の履歴が表示されていた。
「送金操作を行った端末は、娘さんの登録端末です」
私はゆっくり里奈を見る。
「……まだ何か隠しているのか?」
里奈は泣きながら首を振った。
「違うの」
「何が違う?」
「私、本当に翔太を助けたかっただけ」
「そのためなら、父親が死んでもいいと思ったのか?」
「そんなこと思ってない!」
彼女の叫び声が部屋に響いた。
でも、その声には怒りよりも恐怖が混ざっていた。
警察官が尋ねる。
「里奈さん、翔太さんから金銭について指示を受けましたか?」
彼女は黙った。
「答えてください」
数秒後。
小さな声が漏れた。
「……少しだけ」
私は目を閉じた。
やはりそうだった。
「何を言われた?」
里奈は唇を震わせる。
「翔太は……」
その時、翔太が立ち上がった。
「もういいだろ」
警察官が止める。
「座ってください」
翔太は舌打ちした。
その態度を見て、私は確信した。
この男は、今まで何度も里奈の優しさを利用してきた。
「翔太さん」
警察官が言った。
「あなたは里奈さんに口座情報を使わせるよう依頼しましたね」
「証拠は?」
「あります」
翔太の顔が変わった。
警察官は続ける。
「あなたから娘さんに送られたメッセージです」
私は里奈を見る。
「見せてくれ」
「お父さん……」
「見せなさい」
震える手で、里奈はスマートフォンを差し出した。
画面には翔太からのメッセージがあった。
『保釈されなかったら全部終わる』 『君のお父さんなら助けてくれる』 『家族なら当然だろ』
そして最後の一文。
『手術は少し待ってもらえばいい』
私の胸の奥で何かが切れた。
少し。
彼らにとって、私の命は「少し待てるもの」だった。
「里奈」
彼女は泣いていた。
「ごめんなさい」
「何に謝っている?」
「……」
「お金を盗んだことか?」
彼女は答えない。
「それとも、私を後回しにしたことか?」
涙が床に落ちた。
「私は……翔太を失うのが怖かった」
その言葉を聞いた時、悲しみよりも寂しさが勝った。
私は娘を失った気がした。
幼い頃。
熱を出した里奈を背負って病院まで走った夜。
初めて自転車に乗れた日に、一緒に喜んだ公園。
妻が亡くなった時、二人で泣いた夜。
全部が頭をよぎる。
私はずっと、この子だけは私を裏切らないと思っていた。
しかし、現実は違った。
警察官が帰る前、私に言った。
「〇〇さん、手術費用については法的手続きを進める必要があります」
私は頷いた。
その夜。
家の中は静まり返っていた。
里奈は荷物をまとめていた。
玄関に立った彼女が振り返る。
「お父さん」
私は黙っていた。
「私……本当に後悔してる」
「今か?」
彼女の目から涙が落ちる。
「今じゃ遅いよね」
私は答えなかった。
彼女がドアを開けた時、スマートフォンが鳴った。
警察からではなかった。
病院だった。
「〇〇様」
医師の声が緊張していた。
「申し訳ありません。検査結果について、至急お話があります」
私は嫌な予感がした。
「何か問題が?」
少しの沈黙。
そして医師は言った。
「手術の日程を変更する必要があるかもしれません」
私は窓の外を見る。
暗い庭。
妻が植えた木。
その向こうに、里奈の背中が小さく見えた。
そして医師が続けた。
「ですが、それより先に確認したいことがあります」
「何ですか?」
医師の声が低くなる。
「〇〇さんの心臓手術記録について、過去の診療データに不自然な点が見つかりました」
私は眉をひそめた。
「不自然?」
「はい」
「誰かが……あなたの手術を遅らせようとした可能性があります」
その瞬間。
私の背筋が凍った。
私はゆっくり振り返った。
玄関には、まだ里奈が立っていた。
そして彼女のスマートフォンが、再び震えた。
画面に表示された名前。
翔太。
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だが、メッセージを開いた里奈の顔から、今度こそ完全に色が消えた。
そこには、私の知らない秘密が書かれていた。