Chapter 14: 最後の契約書
地下室の中央。
古い机の上に、一枚の契約書が置かれた。
橘はそれを開く。
「これで終わる」
父は冷静に聞いた。
「何が」
「西園寺家の支配だ」
私は契約書を見る。
そこには。
私と美月の名前。
そして。
所有権譲渡の文字。
「これに署名すれば?」
橘は笑う。
「全てが終わる」
私は睨んだ。
「あなたたちがホテルを手に入れる」
「正確には」
神谷社長が言う。
「正当な経営権を取り戻す」
父が冷たく笑った。
「正当?」
「このホテルは本来、神谷家と西園寺家の共同事業だった」
神谷社長は続ける。
「しかし春香は誠一を選んだ」
「だから奪ったのか」
父の声が響く。
神谷社長は黙った。
その沈黙。
それが答えだった。
私は契約書を手に取った。
「一つ聞きたい」
橘を見る。
「母は、あなたを最後まで信じていた」
橘の表情が揺れる。
「なのに、なぜ裏切ったの?」
長い沈黙。
そして橘は言った。
「愛していたからだ」
誰も動かなかった。
「……何?」
「春香を」
橘は苦しそうに笑った。
「彼女が選んだのは私ではなかった」
父を見る。
「それが許せなかった」
私は呆然とした。
「だから全部壊したの?」
「違う」
橘は首を振る。
「取り戻したかった」
「それは愛じゃない」
私の言葉。
橘は黙った。
「相手の幸せを壊して、自分のものにするのは愛じゃない」
地下室に静寂が広がる。
その時。
美月が前に出た。
「美咲の言う通り」
全員が彼女を見る。
「あなたたちはずっと、所有することばかり考えていた」
美月は契約書を見る。
「でも母が残したものは、所有するためじゃない」
「守るため」
その瞬間。
橘の顔が歪んだ。
「綺麗事だ」
彼は机を叩く。
「金がなければ何も守れない!」
私は彼を見る。
「違う」
「何?」
「お金があったから守れたんじゃない」
私は父を見る。
「父は、人を守ろうとしたからここまで来た」
父の目に涙が浮かぶ。
その時。
地下室の外から声が聞こえた。
「警察です!」
橘の顔色が変わる。
「どうして」
私はスマートフォンを見せた。
「録音していた」
全員が驚く。
私はポケットの中の端末を見せる。
「あなたたちが全部話してくれた」
神谷社長が呆然とする。
「いつから?」
「最初から」
実は。
母との会話の後。
私は父に一つ頼んでいた。
「もう、私を守るだけにしないで」
「一緒に戦わせて」
父は初めて。
私を対等に見てくれた。
警察が地下室へ入る。
橘。
神谷社長。
そして協力した人間たちは連行された。
最後に。
橘が私を見る。
「美咲」
私は止まった。
「君は春香に似ている」
私は答えなかった。
彼は続ける。
「だからこそ、私は負けた」
扉が閉まった。
静かになった地下室。
私は二つの契約書を見る。
一つは古いもの。
一つは偽物。
父が言った。
「選ぶのはお前だ」
私は美月を見る。
彼女は頷いた。
私たちは一緒に契約書へ手を伸ばした。
そして。
本当の所有者として。
署名した。
西園寺美咲。
西園寺美月。
二つの名前。
一つの未来。
その瞬間。
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ホテルの鐘が鳴った。
新しい始まりを告げるように。