Amazed

Chapter 2: 消えた後ろ盾

映像が止まった瞬間。

誰も動かなかった。

神谷蓮だけが、何かを言おうとして口を開いた。

「違う……これは」

しかし声には力がなかった。

数分前まで、このホテルで誰よりも偉そうに振る舞っていた男。

今は、自分が逃げ場を失ったことを理解していた。

父は私を支えながら立ち上がらせた。

「美咲、痛むか?」

私は首を横に振った。

「大丈夫」

本当は痛かった。

頬も、膝も。

でも、それ以上に悲しかった。

このホテルで7年間、私は誰よりも規則を守ってきた。

なのに、たった一人の金持ちの息子の機嫌を取るために、私の尊厳は簡単に切り捨てられた。

父は小林へ視線を向けた。

「小林さん」

「は、はい」

「なぜ警備を止めた?」

小林の手が震えた。

「それは……神谷家との関係が……」

「関係?」

父の声は静かだった。

「このホテルが守るべきものは、契約相手の顔色か。それとも働く人間の安全か」

小林は答えられなかった。

蓮が突然叫んだ。

「待てよ!」

全員が彼を見る。

「親父に確認すればわかる! こんなことで契約を破棄するなんてありえない!」

父は冷静に言った。

「確認すればいい」

蓮はスマートフォンを取り出した。

何度も電話をかける。

しかし。

繋がらない。

「……なんで出ない」

もう一度。

もう一度。

その顔から自信が消えていく。

私は初めて気づいた。

彼は自分自身には何もない人間なのだ。

父親の名前。

家の財産。

それだけを盾にしていた。

蓮の友人が小声で言った。

「蓮……やばくないか?」

「黙れ」

「でも、会長って本物のオーナーだろ?」

「黙れって言ってるだろ!」

蓮は友人に怒鳴った。

父はその様子を見ていた。

「神谷さん」

蓮が振り向く。

「あなたは、自分の力で何かを成し遂げたことがありますか?」

「……」

「人の名前を借りて、人を見下すことは、強さではありません」

蓮の顔が赤くなる。

「説教するつもりか?」

「違います」

父は淡々と言った。

「事実を伝えているだけです」

その時、救急担当スタッフが私の足を確認しに来た。

「お嬢様、念のため病院で検査を受けた方がいいです」

私は頷いた。

すると蓮が突然笑った。

「大げさなんだよ」

ロビーの空気が再び凍った。

「たかが押しただけだろ」

父の目が鋭くなる。

「たかが?」

「いや、だから……」

「娘が倒れたことを、あなたはまだ軽く考えているのですか」

蓮は黙った。

その時、警備主任が再びタブレットを確認した。

「会長」

「まだ何かあるのか?」

「はい」

彼は画面を操作した。

「監視カメラには、神谷氏が以前から従業員に対して問題行動をしていた記録があります」

小林が顔を上げた。

「以前から……?」

警備主任は頷いた。

「先月、女性スタッフへの暴言。先週、清掃員への威圧行為。しかし、すべて報告が途中で止まっています」

父はゆっくり小林を見る。

「途中で止まった理由は?」

小林の唇が震えた。

「……私が」

「あなたが?」

「神谷家との関係を考えて……処理を保留しました」

私は目を閉じた。

怒りより、悲しさが込み上げた。

ホテルとは、お客様を大切にする場所。

でも、それは従業員を傷つけてもいいという意味ではない。

父は小林へ言った。

「あなたには後で詳しく話を聞きます」

そして蓮へ向き直った。

「あなたにも」

蓮は睨み返した。

「俺を訴えるつもりか?」

父は答えなかった。

代わりに、警備主任が一枚の紙を差し出した。

「神谷様」

蓮が受け取る。

「これは本日の入館記録です」

「だから?」

「あなたがホテルに入る前、フロントスタッフへの暴言を録音したデータもございます」

蓮の指が止まった。

「……録音?」

「はい」

警備主任は静かに続けた。

「そして、その中に重要な発言があります」

父が紙を見る。

「何と言った?」

警備主任は一瞬ためらった。

そして言った。

「神谷氏は、美咲様について……『あいつはこのホテルの娘だとしても、俺が潰せる』と発言しています」

ロビーの全員が息を飲んだ。

父は何も言わなかった。

ただ、蓮を見る目が変わった。

蓮は後ずさった。

その時。

父のスマートフォンが鳴った。

画面を見た瞬間、父の表情が変化した。

「……神谷社長からだ」

蓮の顔に、わずかな希望が戻る。

「ほらな。親父が話をつける」

父は電話に出た。

しかし、数秒後。

父の表情から、さらに冷たいものが消えた。

そして電話を切った。

蓮が急いで聞く。

「何て言ってた?」

父は静かに答えた。

「あなたの父親は、こう言った」

一拍。

「息子を止められなかった自分にも責任がある、と」

蓮の目が見開かれる。

「そして……」

父は続けた。

「神谷家は、この件について正式に謝罪すると」

蓮の顔が歪んだ。

「嘘だ……」

父は最後の言葉を放った。

「だが、その前に一つ確認したいことがある」

父は警備主任を見る。

「彼が今日ここへ来た本当の目的は何だ?」

警備主任は画面を確認した。

そして、青ざめた顔で言った。

「会長……予約記録に不自然な点があります」

「何だ?」

「神谷様はスイートルームの宿泊客ではありません」

私は眉をひそめた。

「……じゃあ、なぜ?」

警備主任は小さな声で答えた。

「彼は、このホテルの買収契約書を盗撮する目的で入館していました」

ロビーの空気が変わった。

蓮の顔から完全に血の気が消えた。

そして父が静かに聞いた。

「神谷蓮」

May you like

「……」

「お前は、最初から何をしに来た?」

Related Stories

Other posts