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Chapter 9: 母が残した告白

映像には、母が映っていた。

古いホテルの一室。

今はもう存在しない、旧会議室。

画質は悪い。

でも、声ははっきり聞こえた。

『もしこの映像を美咲が見る日が来たら』

母がカメラを見る。

私は息を止めた。

何年も聞いていなかった母の声。

優しくて。

温かくて。

それだけで涙が溢れそうになった。

『あなたは、きっとたくさん苦しんだと思います』

母は微笑んだ。

『ごめんね』

父が隣で目を伏せた。

映像の中の母は続ける。

『でも、美咲。あなたには知ってほしい』

『あなたのお父さんは、何も奪っていません』

私は父を見る。

『誠一は、私が一番信頼した人です』

父の肩が震えた。

叔父の表情が変わる。

『私が恐れていたのは、ホテルを失うことではありません』

母の声が低くなる。

『家族が壊れることでした』

映像の中で、母は一枚の書類を取り出した。

『このホテルの本当の所有権は、美咲にあります』

『でも、それは財産ではありません』

母は言った。

『責任です』

私は画面から目を離せなかった。

『このホテルは、多くの人の人生を支えてきました』

『だから、美咲には人を大切にできる人間になってほしい』

涙が落ちた。

母は私を知っていた。

私がフロントで働いていたことも。

人に頭を下げ続けていたことも。

全部。

その時。

叔父が突然叫んだ。

「止めろ!」

全員が驚く。

叔父は映像機器へ近づこうとする。

しかし警察官が止めた。

「動かないでください」

映像は続く。

母の顔が悲しそうになる。

『でも、私には一つだけ心配があります』

『隆司』

叔父の顔が凍った。

『あなたは、昔から認められたい人でした』

『でも、人を傷つけて手に入れたものは、決して幸せにはしません』

叔父は震えていた。

「消せ……」

誰も動かない。

『もし隆司がこの映像を見るなら』

母は続けた。

『私はあなたを責めません』

『ただ、一つだけ伝えたい』

母の最後の言葉。

『あなたが欲しかったものは、ホテルではなく、家族に必要とされることだったはずです』

映像が終わった。

静寂。

叔父は立ったまま動かなかった。

私は彼を見た。

昨日まで、ただの敵だと思っていた。

でも今は分かった。

彼は長い間、間違った方法で愛を求めていた。

それでも。

許されるわけではない。

父が静かに言った。

「隆司」

叔父は顔を上げた。

「春香は最後まで、お前を家族だと思っていた」

その言葉に。

叔父の目から初めて涙が落ちた。

しかし次の瞬間。

彼は笑った。

「……遅いんだよ」

小さな声。

「全部」

警察官が彼を連れて行く。

叔父は最後に私を見る。

「美咲」

私は黙っていた。

「君は……母親に似ている」

その言葉だけ残して、彼はいなくなった。

事件から数週間後。

ホテルは大きく変わった。

小林は辞任した。

従業員への安全制度も見直された。

そして私は。

新しい役割を任された。

「副オーナー」

最初は断ろうと思った。

でも父は言った。

「お前はもう、このホテルを守る資格を持っている」

私はフロントカウンターに立った。

以前と同じ場所。

でも、見える景色は違っていた。

その時。

入り口の自動ドアが開いた。

入ってきた人物を見て、私は驚いた。

神谷蓮だった。

以前の傲慢な姿はなかった。

「美咲」

私は警戒しながら見る。

「何の用?」

彼は深く頭を下げた。

「謝りに来た」

沈黙。

「許してほしいとは言わない」

蓮は続けた。

「でも、あの日のことを一生忘れない」

私は彼を見た。

「あなたは変われるの?」

蓮は少し笑った。

「変わるしかない」

彼は帰ろうとした。

その時。

フロントの電話が鳴った。

私は受話器を取る。

「はい、グラン・セレス東京でございます」

相手の声を聞いた瞬間。

顔から血の気が引いた。

「……え?」

電話の向こうから聞こえた名前。

それは。

亡くなったはずの母の名前だった。

『美咲』

『まだ終わっていないの』

私は受話器を握りしめた。

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そして悟った。

母が残した秘密は、あの事件だけではなかった。

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