Chapter 15: 娘が選んだ未来
写真の裏に書かれた小さな文字。
私は何度も読み返した。
『最後に伝えたいことがあります』
その下には、玲子の字が続いていた。
『咲希へ』
『あなたは、誰かの代わりになるために生まれたのではありません』
『あなたは、あなたとして愛されるために生まれました』
咲希は静かに涙を流した。
「お母さん……」
私は隣に立った。
長い間、娘は知らない重荷を背負っていた。
母の記憶。
家族の秘密。
周囲の期待。
でも今。
彼女はようやく、それらを置いていける。
数週間後。
咲希の大学入学式の日。
私は会場の後ろから娘を見ていた。
新しい制服。
新しい友人。
そして、自分の足で歩く姿。
あの日、庭でエプロンを着て皿を運んでいた少女とは違っていた。
式の後。
咲希は私のところへ来た。
「お父さん」
「おめでとう」
私は言った。
彼女は笑った。
「ありがとう」
少し間を置いて。
「美咲も来てくれたよ」
私は振り返った。
美咲は少し離れた場所に立っていた。
以前のような罪悪感の顔ではなかった。
「美咲」
彼女は頭を下げた。
「咲希、ごめん」
咲希はしばらく黙っていた。
そして言った。
「忘れない」
美咲の顔が曇る。
「でも」
咲希は続けた。
「あなたが本当に後悔していることも分かってる」
二人は少しずつ歩み寄った。
完全に元通りではない。
でも、それでよかった。
壊れたものは、同じ形に戻すのではなく。
新しい形で作り直すものだから。
一方。
由香里は家を出た。
彼女は自分のしたことと向き合うため、大学側への協力と謝罪を続けていた。
最後に会った日。
彼女は私に言った。
「咲希を失いたくなかった」
私は答えた。
「だからこそ、あの子を自由にするべきだったんだ」
由香里は涙を流した。
「分かってる」
それだけだった。
俊彦は全てを認めた。
偽造。
操作。
長年の計画。
彼は罰を受けることになった。
しかし、最後に私へ手紙を送ってきた。
『弟へ』
『俺はずっと、お前から奪われたと思っていた』
『でも違った』
『俺は、自分で幸せになる努力をしなかっただけだった』
最後の一文。
『咲希さんは、玲子さんに似ている』
『だから、もう二度と彼女の光を消さないでくれ』
私はその手紙を大切にしまった。
数年後。
咲希は大学で研究者を目指していた。
ある日、彼女から電話が来た。
「お父さん」
「どうした?」
「今日ね、母のことを発表したの」
「玲子の?」
「うん」
私は黙って聞いた。
「昔は、母が残した秘密が怖かった」
咲希は言った。
「でも今は違う」
「何が違う?」
「母は秘密を残したんじゃない」
彼女は笑った。
「未来への手紙を残してくれたんだと思う」
私は空を見上げた。
あの日。
卒業祝いの庭で。
私は娘の未来が奪われたと思った。
でも本当は。
娘は、自分の未来を取り戻すための力をずっと持っていた。
必要だったのは。
誰かが決めることではなく。
彼女自身が選ぶことだった。
家族とは。
同じ血を持つことだけではない。
誰かの夢を奪わず。
誰かの痛みを見ないふりせず。
何度でも相手を選び直すこと。
そして私は今でも覚えている。
娘が大学へ向かう朝。
振り返って笑った姿を。
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あの笑顔こそが。
私が守るべきだった、本当の未来だった。