Amazed

Chapter 5: 父の名前を奪った人

翌朝、私は家のリビングに座っていた。

昨日まで家族写真が飾られていた壁。

笑顔の咲希。 制服姿の美咲。 そして、肩を寄せ合う私たち夫婦。

その写真が、今では別の家族のものに見えた。

咲希は自分の部屋にいた。

大学から届いた資料を何度も読み返している。

まるで、まだ信じられないと言うように。

私はドアをノックした。

「入っていいか?」

「うん」

部屋に入ると、机の上には大量の参考書が並んでいた。

その一冊には、何度も開いた跡があった。

「ずっと頑張っていたんだな」

私が言うと、咲希は少し笑った。

「お父さん、知らなかったでしょ」

胸が痛んだ。

「ごめん」

その言葉しか出なかった。

「私、何回も言おうとした」

咲希は窓の外を見る。

「でも、お母さんが『家族のために我慢できない子はダメ』って」

私は拳を握った。

「そんなことを言われていたのか」

「うん」

しばらく沈黙が続いた。

「でもね」

咲希は小さく言った。

「一番辛かったのは、大学に行けないことじゃなかった」

「じゃあ何だ?」

彼女は私を見る。

「お父さんも、私が諦めたと思っていたこと」

その言葉は、私の胸に突き刺さった。

私は父親だった。

なのに、一番近くにいた娘の叫びを聞けていなかった。

その日の午後、私は由香里と向き合った。

「話してくれ」

彼女は黙っていた。

「俺の名前を使って大学に電話したのは、お前か?」

長い沈黙。

そして。

「……そうよ」

その一言で、最後の希望が崩れた。

「なぜだ」

「あなたが反対すると思ったから」

「当たり前だ」

私は声を抑えた。

「娘の未来を奪うことに賛成する父親がいると思うか?」

由香里は涙を流した。

「美咲はずっと苦労してきた」

「だから咲希を犠牲にするのか?」

「違う!」

彼女は叫んだ。

「少しだけだったのよ!」

「少し?」

私は首を振った。

「大学の四年間は、人生の一部だ」

由香里は黙った。

「咲希は何年も努力した」

私は続けた。

「お前は数時間でそれを消した」

その時、玄関のドアが開いた。

美咲だった。

「お母さん」

彼女は震える声で言った。

「もう隠さないで」

由香里は顔を上げた。

「何?」

美咲はスマートフォンを差し出した。

「これ」

画面にはメッセージ履歴が映っていた。

「私、昨日からずっと迷ってた」

美咲は泣いていた。

「でも、もう咲希に嘘をつけない」

私は画面を見る。

そこには、由香里から美咲へ送られたメッセージがあった。

『咲希には絶対言わないで』 『あなたのために必要なことなの』

しかし、最後の一文を見た瞬間。

私は凍りついた。

『もし失敗したら、次は父親を説得する』

つまり。

妻は最初から計画していた。

一度ではなかった。

「由香里……」

彼女は顔を伏せた。

その時、スマートフォンが鳴った。

黒田さんからだった。

「もしもし」

電話の向こうの声は緊張していた。

「大変です」

「何が?」

「大学の調査で、新しい事実が出ました」

私は立ち上がった。

「何ですか?」

黒田さんは少し間を置いた。

「咲希さんの奨学金は、実は辞退されていません」

「それは昨日聞きました」

「違います」

彼は言った。

「問題は、その後です」

私は息を止めた。

「誰かが大学へ連絡して、奨学金を別の学生へ変更するよう申請しています」

「別の学生?」

「はい」

黒田さんの声が低くなる。

「その申請者の名前は――」

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一瞬、時間が止まった。

「美咲さんです」

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