Amazed

Chapter 10: 崩れ落ちる王国

正樹が電話を切った瞬間、廊下の空気が変わった。

彼の顔から、いつもの余裕は完全に消えていた。

「……警察が?」

私は静かに聞いた。

正樹は私を見た。

一瞬だけ、昔の夫の顔に戻った気がした。

助けを求めるような目。

でも、私はもう知っていた。

この人は、困った時だけ家族を思い出す。

「由美」

彼は低い声で言った。

「これは誤解だ」

私は何も答えなかった。

「俺は犯罪なんてしていない」

「だったら、説明すればいいでしょう」

私がそう言うと、正樹は黙った。

説明できないことを、私は理解した。

その日の夜。

ニュースサイトに会社名が掲載された。

「建設会社社長、資産隠し疑惑」

「共有財産を利用した不正送金か」

私は画面を閉じた。

もう驚かなかった。

半年間、私は真実を追い続けてきた。

そして今、その真実が正樹の元へ戻ってきただけだった。

翌朝。

会社の前には記者が集まっていた。

従業員たちは不安そうな顔をしている。

私は久しぶりに会社へ向かった。

受付の女性が私を見ると、頭を下げた。

「奥様……」

「大丈夫ですか?」

彼女は迷った後、言った。

「正直、怖いです」

「社長が何をしていたのか、私たちは何も知りませんでした」

私は頷いた。

「これから確認します」

会議室に入ると、幹部たちが集まっていた。

その中には、正樹の長年の部下もいた。

彼は資料を机に置いた。

「奥様」

「こちらを見てください」

資料には、過去数年間の不自然な取引が並んでいた。

「社長は会社のお金を個人的な口座へ移していました」

「さらに、複数の会社を通して流れを隠していたようです」

私は目を閉じた。

ここまでだった。

正樹が作った嘘の城は、もう崩れ始めていた。

その夜。

拓海から電話が来た。

「母さん」

「父さんが俺たちに会いたいって」

私は少し黙った。

「何のために?」

拓海の声が暗くなる。

「謝りたいって」

私は驚かなかった。

正樹が謝る。

それは、今まで一度もなかったことだった。

翌日。

私たちは正樹と面会した。

場所は弁護士事務所だった。

正樹は以前より痩せていた。

高級なスーツ。

高価な時計。

でも、もう威厳はなかった。

ただ疲れた男に見えた。

「拓海」

正樹が息子を見る。

「健太」

「翔太」

三人は黙っていた。

正樹はゆっくり言った。

「すまなかった」

その言葉。

息子たちは反応しなかった。

「父さんは……」

正樹は続ける。

「家族を守るつもりだった」

翔太が小さく首を振った。

「違う」

正樹が見る。

「父さんが守ったのは、自分でしょ」

その言葉に、正樹は黙った。

拓海が言う。

「俺たちを使った」

「母さんを悪者にした」

「それでも父さんは、自分は正しいと思ってた」

正樹の目が揺れた。

健太も続けた。

「俺たち、父さんに認められたかっただけだった」

「でも違った」

「父さんは俺たちを息子じゃなくて、名前と口座として見てた」

正樹は俯いた。

私はその姿を見ていた。

昔なら、胸が痛んだ。

でも今は違った。

傷ついた家族を、彼自身が見なければならない時だった。

面会の最後。

正樹は私に向いた。

「由美」

「何?」

「もし……」

彼は言葉を探した。

「もう一度やり直せるなら」

私は静かに答えた。

「できない」

正樹の顔が固まる。

「なぜだ」

私は彼を見た。

「あなたが壊したのは、夫婦関係だけじゃない」

「信頼よ」

「一度壊れた信頼は、昔の形には戻らない」

正樹は何も言わなかった。

その帰り道。

田中さんから連絡が来た。

「由美さん」

「まだ確認できていない資料があります」

「正樹さんの海外口座についてです」

私は足を止めた。

「まだ何かあるんですか?」

田中さんの声は重かった。

「はい」

「実は、海外口座の資金の一部が……」

「別の人物へ流れています」

「その人物は――」

私は息を止めた。

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田中さんが続けた。

「正樹さんの母親です」

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