Chapter 11: 母親が守った秘密
正樹の母、静江。
私は22年間、彼女を尊敬していた。
結婚したばかりの頃。
静江さんは私に言った。
「由美さん、正樹をよろしくね」
優しい笑顔だった。
私は本当の母親のように接した。
子供が生まれた時も。
会社が苦しい時も。
何度も相談した。
だからこそ、その事実を知った時、私は信じられなかった。
静江さんも関わっていた。
田中さんから渡された資料には、海外口座から静江さん名義の口座へ送金された記録があった。
「なぜ……」
私は呟いた。
田中さんは言った。
「まだ推測ですが」
「おそらく、正樹さんは最終的な資金保管場所として、お母様の口座を利用していた可能性があります」
私は静江さんに会うことにした。
彼女は私を見ると、すぐに察したようだった。
「来たのね」
その一言で分かった。
彼女は知っていた。
私は椅子に座った。
「お義母さん」
「聞きたいことがあります」
静江さんは黙った。
「正樹が何をしていたか、知っていましたか?」
長い沈黙。
そして彼女は言った。
「……はい」
胸の奥が痛んだ。
「いつから?」
「最初からではありません」
静江さんは震える手でお茶を置いた。
「でも、途中で気づきました」
「なぜ止めなかったんですか?」
私の声は自然と強くなった。
静江さんは俯いた。
「怖かったの」
「何が?」
「息子を失うことが」
私は言葉を失った。
「だから、私たちを失ってもよかったんですか?」
静江さんの目から涙が落ちた。
「違う……」
「でも結果は同じです」
静江さんは何も言えなかった。
その夜。
私は家族全員を集めた。
拓海。
健太。
翔太。
咲希。
そして私は、正樹の母との会話を話した。
翔太が苦しそうに言った。
「祖母まで……」
私は頷いた。
「人は、自分が大切なものを守ろうとして、間違えることがある」
「でも、その間違いで誰かを傷つけたなら、向き合わなければいけない」
咲希が小さく言った。
「お母さんは、まだ許せるの?」
私は彼女を見る。
「簡単じゃない」
「でも、憎しみだけでは前に進めない」
数日後。
裁判所で最終的な財産調査が始まった。
正樹側の弁護士は最後まで抵抗した。
「資産移動は家族のための管理です」
しかし、証拠は揃っていた。
会社のお金。
共有財産。
海外口座。
隠された契約。
そして、複数の名義。
裁判官は資料を見ながら言った。
「正樹さん」
「あなたは何を守ろうとしていたのですか?」
正樹は黙った。
しばらくして、小さく答えた。
「家族です」
裁判官は首を振った。
「違います」
「あなたが守ろうとしたのは、あなた自身の欲望です」
正樹は俯いた。
その日の帰り。
私は裁判所の階段を降りていた。
すると、後ろから声がした。
「由美さん」
振り返ると、静江さんだった。
彼女は小さな封筒を持っていた。
「これは……」
「正樹には渡していないものです」
私は受け取った。
「何ですか?」
静江さんは悲しそうに言った。
「正樹が最後に隠したもの」
「あなたにも、子供たちにも知らせなかったものです」
私は封筒を開いた。
中には、一枚の古い写真。
そして一通の手紙。
写真を見た瞬間、私は凍りついた。
そこには――
若い頃の正樹と、もう一人の女性。
そして、その腕に抱かれた小さな赤ん坊。
私は手紙を読み始めた。
数行目で、手が震えた。
そこに書かれていた名前。
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それは、私が今まで知らなかった――
正樹の最初の秘密だった。