Chapter 7: 海外口座の家族
「あなたの名前ではない、別の家族名義の口座があります」
裁判官の言葉が、調停室に重く落ちた。
私は無意識に咲希の手を握った。
正樹は数秒間、何も言わなかった。
いつものように反論すると思っていた。
「誤解です」
「証拠がありません」
「これは合法です」
そう言って逃げると思っていた。
しかし、彼は黙っていた。
その沈黙こそが、答えだった。
調停員が資料を確認する。
「正樹さん、この海外送金について説明してください」
正樹の弁護士が慌てて資料を受け取った。
「これは……確認が必要です」
裁判官は冷静に言った。
「確認する時間は必要でしょう。しかし、現在確認できる範囲でも、共有財産から多額の資金が移動している事実があります」
正樹は私を見た。
その目には、怒りがあった。
「由美」
低い声だった。
「お前はそこまで俺を追い詰めたいのか?」
私は驚かなかった。
半年間、私は何度も同じ質問を自分にしていた。
なぜ、ここまでしなければならなかったのか。
なぜ、家族を裁判所に連れてこなければならなかったのか。
でも答えは簡単だった。
正樹が私たちの家族を壊したからだ。
「追い詰める?」
私は静かに言った。
「あなたが隠したものを、元に戻そうとしているだけよ」
正樹は鼻で笑った。
「綺麗事だな」
「結局、お前も金が欲しいだけだろ」
その言葉に、息子たちが反応した。
拓海が顔を上げる。
「父さん……」
正樹は彼を見る。
「何だ」
拓海は拳を握った。
「母さんは、お金のために戦ってるんじゃない」
「俺たちが間違ってたことを……」
正樹が睨む。
「お前まで母親の味方か?」
その瞬間、拓海の表情が変わった。
昔なら怖がっていた顔。
でも今は違った。
「俺は、父さんの味方じゃなくて、自分の間違いを認めたいだけだ」
正樹は何も言わなかった。
調停は一時休止になった。
その日の夜。
田中さんから追加資料が届いた。
私は自宅のテーブルで一枚ずつ確認した。
海外口座。
送金履歴。
会社名義。
そして一つの出生記録。
「……」
手が止まった。
そこに書かれていた名前。
女性の名前。
そして、その下にある子供の名前。
私は息を飲んだ。
「まさか……」
咲希が心配そうに近づいてきた。
「お母さん?」
私はすぐに書類を伏せた。
「大丈夫」
でも、声は震えていた。
翌日。
私は正樹に会うため、調停前に呼び出した。
二人きりの廊下。
22年間、一緒に暮らした相手。
でも今は、知らない人に見えた。
「この子は誰?」
私は写真を見せた。
正樹の顔から血の気が引いた。
数秒。
彼は何も言わなかった。
「答えて」
正樹は目を逸らした。
「……」
「あなたの子供?」
沈黙。
そして、彼は小さく言った。
「そうだ」
胸が痛んだ。
浮気を疑った時よりも。
財産を隠されていたと知った時よりも。
もっと深い場所が傷ついた。
「いつから?」
「10年前」
私は笑ってしまった。
笑うしかなかった。
「10年前?」
「私が咲希を育てていた時」
「あなたは別の家庭を作っていたの?」
正樹は苛立ったように言った。
「違う」
「違わない」
私は遮った。
「あなたは私たちから時間も、お金も、愛情も奪った」
正樹は黙った。
そして初めて、弱い声を出した。
「俺は……全部守れると思った」
私は彼を見た。
「誰を?」
正樹は答えなかった。
その時、私は確信した。
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正樹が守ろうとしていたのは、家族ではない。
自分が作った嘘の人生だった。