Amazed

Chapter 9: 父からの最後の取引

「咲希へ」

メッセージは短かった。

でも、その一文だけで、私は嫌な予感がした。

咲希はスマホを握ったまま動かなかった。

「見せて」

私は優しく言った。

彼女は迷った後、画面を見せた。

そこには正樹からの言葉が並んでいた。

『お父さんは本当はお前の味方だ』

『お母さんは怒っているだけだ』

『二人で話せば分かってくれる』

私はため息をついた。

また同じだった。

正樹は謝らない。

自分が傷つけたことを認めない。

ただ、相手の心を動かそうとする。

「返信しなくていい」

私は言った。

咲希は頷いた。

でも、その目には悲しみがあった。

「どうしてお父さんは……」

彼女は呟いた。

「私たちを大事にしてくれなかったのかな」

私は答えられなかった。

子供に説明できる理由なんてなかった。

翌日の調停。

正樹は以前の自信を取り戻したように見えた。

「娘は私との生活を望んでいます」

私は驚いた。

「そんなこと、咲希は言っていません」

正樹は微笑んだ。

「父親と娘の関係は、母親には分からないでしょう」

私は彼を見る。

「あなた、本当にそう思っているの?」

正樹は黙った。

裁判官が確認する。

「咲希さん本人の意思確認が必要です」

咲希は呼ばれた。

小さな体で、前に座る。

私は胸が締め付けられた。

14歳の少女が、大人たちの争いの中心にいる。

裁判官が優しく聞く。

「咲希さん」

「お父さんとお母さん、どちらと暮らしたいですか?」

部屋が静まる。

咲希はしばらく俯いていた。

そして顔を上げた。

「私は……」

正樹が少し笑った。

自分が選ばれると思っている顔。

しかし。

「私は、お母さんと暮らしたいです」

正樹の笑みが消えた。

咲希は続けた。

「お父さんは、お金の話ばかりします」

「私が欲しいものは、高い家でも車でもありません」

「普通に、一緒にご飯を食べてほしかった」

正樹は目を逸らした。

咲希の声は震えていた。

でも、止まらなかった。

「お父さんは、私を守るためじゃなくて、自分を守るために私の名前を使いました」

調停室は静まり返った。

その後。

裁判官は正樹に向いた。

「正樹さん」

「娘さんの言葉について、何かありますか?」

正樹は口を開いた。

しかし、何も出てこなかった。

初めて。

彼は言葉を失っていた。

調停終了後。

私は廊下を歩いていた。

すると、後ろから正樹の声がした。

「由美」

私は止まった。

彼は以前のような余裕を失っていた。

「俺は……間違えたのかもしれない」

私は振り返った。

22年間待っていた言葉。

でも、今聞いても心は動かなかった。

「かもしれない?」

正樹は黙った。

その時、彼の携帯が鳴った。

画面を見た瞬間、彼の顔色が変わった。

「何?」

私は聞かなかった。

でも、彼の表情で分かった。

また何かが起きた。

正樹は震える声で電話に出た。

「……警察?」

私は息を止めた。

電話の向こうから聞こえた言葉。

それは、正樹の人生を完全に変える知らせだった。

「横領事件について、お話を伺いたい」

May you like

そして正樹は初めて知った。

逃げるために作った嘘の家族が、自分自身を追い詰める証拠になっていたことを。

Related Stories

Other posts