Chapter 12: 最後の嘘
手紙の日付は、私と正樹が結婚する前だった。
私は何度も読み返した。
何度読んでも、内容は変わらない。
正樹には、私と出会う前に子供がいた。
そして、その子供は生きていた。
静江さんは言った。
「正樹は、その子の存在を隠していました」
私は顔を上げた。
「なぜ?」
静江さんは涙を拭った。
「自分の人生をやり直したかったから」
「あなたと結婚して、会社を作って、幸せな家庭を作る」
「そのために、過去を消そうとした」
私は苦笑した。
「消せると思ったんですね」
静江さんは俯いた。
翌日。
私は正樹に手紙のことを問いただした。
彼は最初、否定した。
「誰から聞いた」
私は答えなかった。
「本当なの?」
沈黙。
そして。
「……ああ」
まただった。
正樹は認めるまで、必ず時間がかかった。
「子供がいた」
「でも、もう関係ない」
私は怒りよりも悲しさを感じた。
「関係ない?」
「あなたにとって、子供はいつもそうなの?」
正樹は黙った。
「拓海たちも」
「咲希も」
「その子も」
「あなたに都合がいい時だけ家族なの?」
正樹は拳を握った。
「俺だって苦しかった」
私は首を振った。
「苦しかったからって、人を傷つけていい理由にはならない」
その日の夜。
私は静江さんから、その子の現在を聞いた。
名前は蓮。
35歳。
正樹が若い頃に別れた女性との間に生まれた子供。
そして、最近まで正樹と連絡を取っていた。
「だから海外送金の一部は……」
田中さんが確認した。
「蓮さんへの支援だった可能性があります」
私は驚いた。
正樹は、長年隠していた子供にもお金を送っていた。
でも、その方法はまた間違っていた。
誰にも話さず。
嘘を重ね。
別の誰かを傷つけながら。
数日後。
蓮さん本人が会いに来た。
静かな男性だった。
私を見ると、深く頭を下げた。
「初めまして」
「僕は蓮です」
私は頷いた。
「正樹さんのことを知っています」
蓮さんは苦笑した。
「父は、僕にも同じでした」
「自分を守るために、嘘をつく人でした」
私は何も言えなかった。
彼もまた、正樹の嘘の被害者だった。
「あなたを責めるつもりはありません」
蓮さんは言った。
「でも、父には一度だけ向き合ってほしい」
その言葉を聞いた時。
私は初めて思った。
正樹が失ったものは、お金でも会社でもない。
人との繋がりだった。
最終調停の日。
正樹は一人で現れた。
弁護士も。
味方も。
もういなかった。
裁判官が確認する。
「双方、最終的な意見を述べてください」
正樹は立ち上がった。
長い沈黙。
そして言った。
「私は……間違っていました」
私は黙って聞いた。
「家族を守っているつもりでした」
「でも、本当は自分が失敗を認めたくなかっただけです」
彼は私を見る。
「由美」
「すまなかった」
22年間。
待っていた謝罪。
でも、もう過去には戻れない。
私は静かに答えた。
「謝ってくれてありがとう」
正樹の目に涙が浮かぶ。
「でも、私たちは戻れない」
彼は頷いた。
その日。
離婚は正式に成立した。
親権は私に決まった。
財産調査は続き、隠された資産は法的手続きによって整理されることになった。
帰り道。
咲希が私の手を握った。
「お母さん」
「これからどうなるの?」
私は空を見上げた。
「分からない」
「でも」
私は彼女を見る。
「嘘の上に作った家より、小さくても本当の家の方がいい」
咲希は笑った。
後ろでは、三人の息子たちが歩いていた。
まだ完全に元通りではない。
でも、もう同じ方向を向いていた。
そして私は知った。
家族とは、血だけではない。
選び続けること。
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間違えた時に戻ろうとすること。
それが、本当の意味で家族を作ることなのだと。