Amazed

Chapter 4: 偽りの署名

先生からの電話を切った後、私はしばらく動けなかった。

窓の外では、春の風がカーテンを揺らしていた。

本来なら、大学生活への期待で胸を膨らませている時期だった。

新しい制服ではなく、新しいキャンパスで着る服を選んでいるはずだった。

でも今、私の前にあるのは、母が隠していた嘘の証拠だった。

翌日、私は学校へ向かった。

卒業したばかりの校舎に入るのは、不思議な気分だった。

昨日まで生徒だった場所が、今日はもう自分の居場所ではないように感じた。

職員室に入ると、担任の田中先生が立ち上がった。

「美咲、来てくれてありがとう」

先生の表情はいつもの優しさではなかった。

心配と怒りが混ざった顔だった。

「先生……書類って何ですか?」

田中先生は封筒を机の上に置いた。

「大学関係の提出書類だ」

私は封筒を開けた。

中には奨学金関連の書類。

そして、一枚の同意書。

そこには私の名前が書かれていた。

でも、その文字は私のものではなかった。

「……これ」

指先が震えた。

「私、こんなの書いてません」

田中先生は静かに頷いた。

「分かっている」

「どうして先生は分かるんですか?」

「三年間、君の字を見てきたからだ」

その言葉が胸に刺さった。

母よりも、先生のほうが私を見ていた。

「お母さんが提出した時、少し違和感があったんだ」

先生は続けた。

「でも、まさか本人の意思を偽るとは思わなかった」

私は紙を握りしめた。

「母は……私の人生を勝手に決めていたんですね」

田中先生は苦しそうに目を伏せた。

「美咲、君は昔から頑張りすぎる子だった」

「……」

「先生は何度も言おうと思っていた。家のことを背負いすぎるなって」

私は笑えなかった。

「でも、誰も止めてくれませんでした」

その言葉を口にした瞬間、涙が落ちた。

田中先生は何も言わず、ティッシュを差し出した。

「これからどうするつもりだ?」

私は窓の外を見た。

校庭では後輩たちが走っていた。

私にも、あんな未来があると思っていた。

「大学に行きます」

「奨学金は?」

「探します」

「家族は?」

その質問だけ、答えられなかった。

家族。

その言葉を聞くたびに、胸が痛くなる。

私は家族を嫌いになりたいわけじゃなかった。

ただ、自分の人生も大切にしたかった。

学校を出ると、スマホが鳴った。

母からだった。

しばらく画面を見つめた。

出たくなかった。

でも、逃げたくもなかった。

「もしもし」

「美咲、どこにいるの?」

母の声は冷たかった。

「学校」

「何しに?」

「先生と話してた」

一瞬、沈黙があった。

「……余計なことをしたのね」

その言葉で、胸が締め付けられた。

「余計なこと?」

「家の問題を外に持ち出すなんて」

私は唇を噛んだ。

「私の人生の問題だよ」

母はため息をついた。

「あなた、本当に変わったわね」

「変わったんじゃない」

私は言った。

「やっと自分のことを考え始めただけ」

電話の向こうで、母の声が低くなった。

「美咲。あなたがそんな態度を取るなら、私も考えがある」

嫌な予感がした。

「何をするの?」

母は答えなかった。

ただ、最後に言った。

「あなたが大学に行けると思っているなら、大きな間違いよ」

電話が切れた。

その夜、私は家に戻ると、自分の部屋の前で足を止めた。

ドアの隙間から、中が少し見えた。

机の上に置いていた大学関係の書類がなくなっていた。

「……嘘」

部屋に入る。

引き出しを開ける。

書類。

通帳。

大切に保管していた合格通知。

全部消えていた。

そして机の上には、一枚のメモだけが残されていた。

『家族を捨てるなら、失うものも覚悟しなさい』

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その文字を見た瞬間、私は理解した。

母はまだ終わっていなかった。

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