Chapter 5: 消えた入学資格
翌朝、私は大学の入学センターへ電話をかけた。
「すみません。確認したいことがあります」
担当者が丁寧に答える。
「はい、どうされましたか?」
「私の入学手続きに問題はありませんか?」
キーボードを叩く音が聞こえた。
数秒後。
「美咲さん……少しお待ちください」
その沈黙が怖かった。
「何かありますか?」
「一部の書類について、再提出の申請が出ています」
「誰が?」
「保護者の方です」
心臓が跳ねた。
「母ですか?」
「はい」
私は目を閉じた。
まただ。
また母は私の知らないところで、私の人生を動かしていた。
「何を申請したんですか?」
担当者は慎重に答えた。
「入学延期についてです」
「延期?」
「家庭の事情により、一年間入学を保留したいという内容です」
私は言葉を失った。
母は奨学金を奪っただけではなかった。
私が大学へ行く道そのものを止めようとしていた。
「それは……本人の許可が必要ですよね?」
「もちろんです」
「私は許可していません」
「そのため、確認のために連絡しました」
電話を切った後、私は家へ戻った。
玄関を開けると、母は朝食を作っていた。
まるで何も起きていないように。
「お母さん」
「何?」
「入学延期の申請をした?」
母は振り向かなかった。
「あなた、どこまで調べたの?」
その返事だけで十分だった。
「どうして?」
母は皿を置いた。
「美咲、現実を見なさい」
「またそれ?」
「大学に行けば、誰が家のことをするの?」
「それは私の責任じゃない」
初めて、私ははっきり言った。
母の顔が険しくなる。
「何ですって?」
「私は家政婦じゃない」
その瞬間、リビングの空気が凍った。
弟の翔太と妹の優奈が、廊下からこちらを見ていた。
母は声を落とした。
「そんな言葉、どこで覚えたの?」
「先生からじゃない」
私は答えた。
「自分で気づいたの」
母は笑った。
でも、その笑顔には優しさがなかった。
「あなたは昔から勘違いしてる」
「何を?」
「あなたが頑張れるのは、家族がいるからよ」
私は黙った。
「家族を捨てたら、あなたは何も残らない」
その言葉を聞いた瞬間、逆に心が静かになった。
母はずっと、私が一人では何もできないと思わせていた。
でも違う。
私は一人でも、ここまで来た。
その日の午後、私は奨学金の再申請や、大学の支援制度について調べた。
すると、一件のメールを見つけた。
件名。
『特別推薦枠について』
送り主は、私が知らない大学関係者だった。
内容を読む。
『あなたの成績と活動記録を確認しました。奨学金辞退について、再審査の可能性があります』
私は画面を見つめた。
まだ終わっていない。
私の未来は、完全には消えていない。
しかし、その夜。
母の部屋から会話が聞こえた。
「はい。大丈夫です」
母の声だった。
私は廊下で足を止めた。
「娘には何も知られていません」
胸がざわついた。
誰と話しているの?
私は静かに近づいた。
「ええ。あの子はまだ、自分が何もできないと思っています」
その言葉に、息が止まった。
母は私について誰かに話している。
そして、まだ何かを隠している。
私はドアの隙間から中を見た。
母の手には、一枚の書類。
そこには見覚えのある大学名。
そして、その下に書かれていた名前。
私の名前。
母は電話の相手に言った。
「次の手続きも、予定通り進めます」
その瞬間、私は悟った。
奨学金辞退も。
入学延期も。
全部、母の計画の一部だった。
でも、一番怖かったのはその先だった。
翌日、私はその書類を確認し、震える文字を見つけた。
『保護者による進路変更同意書』
May you like
そして署名欄には――
私の名前ではなく、母が書いた別の名前があった。