Chapter 9: 開かれた記録
その夜、私は父から受け取ったUSBメモリを机の上に置いた。
小さな黒い物体。
でも、それは私の人生を変える可能性があるものだった。
私は何度も手を伸ばした。
でも、怖かった。
中を見るということは、母の本当の姿を見ることになる。
翌日、私は田中先生に相談した。
先生はUSBを見て、表情を曇らせた。
「無理に見る必要はない」
「でも、知らなきゃいけないと思います」
先生は静かに頷いた。
学校の相談室。
私はパソコンにUSBを接続した。
中にはフォルダがいくつもあった。
『奨学金』
『大学』
『美咲の進路』
そして最後に。
『計画』
その名前を見た瞬間、背中が冷たくなった。
「開きます」
先生は何も言わず、隣に座った。
フォルダの中には大量のファイルがあった。
メール。
メモ。
スクリーンショット。
その中の一つを開いた。
母から送られたメールだった。
宛先は、知らないアドレス。
内容を読む。
『美咲が大学へ行けば、家には誰も残らなくなる』
次の文章。
『だから今年の進学は避けさせたい』
私の手が震えた。
先生が画面を見る。
「……」
さらに下へ。
『奨学金がなくなれば、本人も諦めるはず』
私は息を止めた。
これは偶然じゃなかった。
母は計画していた。
私が諦めることを。
私が家に残ることを。
次のファイルを開く。
そこには、母が書いたメモがあった。
『美咲は責任感が強い。罪悪感を与えれば戻ってくる』
その文字を見た瞬間、涙が落ちた。
私が優しいから。
私が家族を大切にするから。
母はそれを利用した。
先生が静かに言った。
「美咲」
私は画面から目を離せなかった。
「私は……ずっと馬鹿だったのかな」
「違う」
先生はすぐに答えた。
「君は信じたかっただけだ」
その言葉で、涙が止まらなくなった。
その日の夕方。
私は家へ戻った。
母はリビングにいた。
「どこに行ってたの?」
私は答えなかった。
テーブルの上にUSBのコピーを置いた。
母の顔が変わった。
「それ……」
「見たよ」
沈黙。
「全部」
母の唇が震える。
「美咲」
「どうして?」
私は聞いた。
「どうして私の未来を壊せたの?」
母は何か言おうとした。
でも言葉が出なかった。
「私はお母さんに認めてほしかった」
涙が流れる。
「頑張れば褒めてもらえると思ってた」
「弟や妹の面倒を見るのも、家事をするのも」
「全部、愛されるためだと思ってた」
母の目にも涙が浮かんだ。
でも、私は続けた。
「でも違った」
「お母さんが欲しかったのは、娘じゃなかった」
「便利な人だった」
母は首を振った。
「違う……」
「じゃあ、これは何?」
私は画面を見せた。
母は何も言えなかった。
その時。
玄関のチャイムが鳴った。
母の顔が凍る。
「誰?」
私が玄関へ向かう。
ドアを開けると、そこに立っていたのは。
大学の奨学金審査委員。
そして、その後ろには弁護士がいた。
「美咲さん」
女性は真剣な表情で言った。
「確認したいことがあります」
私は頷いた。
「はい」
女性は手元の書類を見る。
「あなたのお母様が提出した資料についてですが……」
一瞬の沈黙。
そして、彼女は続けた。
「さらに重大な不正が見つかりました」
私は息を止めた。
「奨学金辞退だけではありません」
女性は母を見る。
「あなたのお母様は、大学への別の申請書類にも偽造を行っていました」
母の顔が青ざめた。
そして弁護士が静かに言った。
「この件は、法的な対応が必要になる可能性があります」
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その瞬間。
母が初めて、私ではなく自分の未来を失う恐怖に震えた。