Chapter 4: 祖母が残した証拠
写真を見た瞬間、私の呼吸が止まった。
そこに写っていた私は、まだ七歳くらいだった。
小さな花柄のワンピース。
祖母の手を握って、笑っている。
でも問題は、その隣に立っている男性だった。
黒いコートを着た男。
見覚えはない。
なのに、悦子だけは彼を見た瞬間、顔から血の気を失っていた。
「……どうして」
彼女の声は震えていた。
父が写真を手に取った。
「悦子。この男は誰だ」
「知らない」
即答だった。
でも、その答えがあまりにも早すぎた。
高橋さんは静かに写真を確認する。
「黒田真人さんですね」
悦子が顔を上げた。
「あなた、知っているの?」
「調査資料に名前があります」
父の眉が動いた。
「調査資料?」
高橋さんはファイルを開いた。
「お母様は、亡くなる前に複数の記録を残していました」
私は祖母のことを思い出した。
いつも優しかった。
怒ることなんてほとんどなかった。
でも。
あの人は、何も見ていなかったわけじゃない。
「祖母は……悦子さんを疑っていたの?」
私が聞くと、高橋さんは少し間を置いた。
「疑っていたというより、可能性を考えていました」
「可能性?」
「咲希さんのお父様が再婚した時、お母様は財産管理について確認していました」
父が黙った。
私は知らなかった。
父と祖母が、私の知らないところでそんな話をしていたなんて。
高橋さんは続けた。
「特に心配していたのは、咲希さんが未成年である期間です」
悦子が笑った。
乾いた笑いだった。
「つまり、私は最初から悪者扱いされていたってこと?」
父が冷たく答える。
「今問題なのは、誰が悪者扱いされたかじゃない」
「じゃあ何?」
「誰が咲希の金を勝手に使ったかだ」
悦子は黙った。
その沈黙の中で、結衣が小さく言った。
「お母さん……本当に知らなかったの?」
悦子は娘を見る。
「結衣」
「私、咲希のお金だって知ってたら……」
「知らなくていいことだったの」
その言葉に、私は違和感を覚えた。
知らなくていいこと?
普通なら。
「知らなかった」ではなく。
「知られたくなかった」
そう聞こえた。
高橋さんは新しい書類を取り出した。
「黒田真人さんについて説明します」
悦子の指が動いた。
「彼は以前、金融関係の仕事をしていました」
「金融?」
父が聞き返す。
「はい。そして、悦子さんと十年以上前に知り合っています」
部屋が静まり返った。
私は悦子を見た。
「十年以上前?」
父も同じ疑問を持った。
「俺と結婚する前からか?」
悦子は答えなかった。
父の顔が険しくなる。
「答えろ」
「昔の知り合いよ」
「それだけか?」
「それ以上でもそれ以下でもない」
でも。
高橋さんが首を振った。
「残念ですが、そうではありません」
彼女は一枚の書類を置いた。
そこには送金履歴。
日付。
金額。
そして受取人。
黒田真人。
「この送金は、車の購入とは別です」
父が紙を見る。
「咲希の口座から……」
「はい」
私の胸が苦しくなった。
五百五十万円だけじゃなかった。
私が知らないところで。
私の未来を支えるはずだったお金が、何年も流れていた。
「何に使ったの?」
私は悦子に聞いた。
彼女は私を見た。
一瞬だけ。
罪悪感のようなものが浮かんだ。
でも、すぐ消えた。
「あなたには関係ない」
その言葉で、涙が出そうになった。
関係ない?
私のお金なのに。
私の人生なのに。
父が立ち上がった。
「もう十分だ」
「何が?」
「警察に相談する」
その瞬間。
悦子の表情が変わった。
「待って」
初めてだった。
彼女が怯えた顔をしたのは。
「警察なんて大げさよ」
「五百五十万円以上だ」
「家族の問題でしょ」
「家族だから許されると思うな」
父の声は震えていた。
怒り。
悲しみ。
そして自分への後悔。
その時。
悦子のスマホがまた鳴った。
彼女は画面を見た。
一瞬で青ざめる。
「誰から?」
父が聞く。
悦子は答えない。
私は近づいて画面を見た。
黒田真人。
メッセージ。
『彼女に話したのか?』
その下に、もう一文。
『あの口座の本当の名義人のことも』
私は眉をひそめた。
本当の名義人?
父も見た。
「どういう意味だ」
悦子はスマホを握り締めた。
そして初めて。
彼女が本当に恐れているものが何か分かった。
お金じゃない。
逮捕でもない。
もっと別の秘密。
高橋さんが静かに言った。
「咲希さん」
「はい」
「お祖母様は、この口座について一つ重要な情報を残しています」
「何ですか?」
高橋さんは最後の資料を開いた。
「あなたのお父様も知らない事実です」
父が驚く。
「俺も?」
高橋さんは頷いた。
「はい」
そして、その書類の名前欄を指差した。
私はそこに書かれた文字を見て。
言葉を失った。
口座の本当の所有者。
そこには。
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私の名前ではなく。
別の名前が書かれていた。