Amazed

Chapter 7: 失われた記憶

電話が切れた後も、誰も動かなかった。

部屋に残ったのは、機械音のような沈黙だけだった。

私は父の顔を見た。

いつもなら何があっても落ち着いている父が。

今は、明らかに動揺していた。

「……誰だったの?」

私が聞くと、父はすぐに答えなかった。

その沈黙が怖かった。

「お父さん」

「咲希」

父はゆっくり私を見る。

「今の話を信じるな」

「でも」

「確かな証拠が出るまで、何も決めつけるな」

父の声は優しかった。

でも。

その奥には、何かを恐れているものがあった。

悦子はソファに座ったまま、顔を伏せていた。

「私も……知らなかった」

彼女が呟いた。

私は彼女を見る。

「何を?」

悦子は唇を震わせた。

「あなたのお父さんと結婚した時、私はあなたが……」

そこで言葉を止めた。

「何?」

父が鋭く聞く。

悦子は首を振った。

「何でもない」

その瞬間。

私は確信した。

まだ隠されている。

私が知らない何かが。

翌日。

父は高橋さんと一緒に、祖母の残した資料を調べていた。

私は学校を休んだ。

授業料のこと。

お金のこと。

そして。

自分自身のこと。

全部が頭の中を回っていた。

昼過ぎ。

高橋さんが一冊の古いノートを持ってきた。

「咲希さん」

「はい」

「これはお祖母様の日記です」

私は驚いた。

「日記?」

「一部だけですが、あなたについて書かれています」

父が少し迷う。

「読むか?」

私は頷いた。

高橋さんがページを開いた。

そこには祖母の文字。

『咲希は何も知らないまま育つべきだと思う』

その一文から始まっていた。

胸が苦しくなる。

『真実を知れば、彼女は自分の存在まで疑うかもしれない』

私はページを握った。

存在?

どういう意味?

次の行。

『しかし、いつか必ず知る日が来る』

『その時、咲希を守るのは血の繋がりではなく、彼女を愛した時間だ』

私は顔を上げた。

父を見る。

父は黙っていた。

「お父さん」

「……」

「何を知ってるの?」

父の手が止まった。

長い沈黙。

そして。

「俺は」

父はゆっくり話し始めた。

「お前が生まれた時のことを全部知らない」

私は息を止めた。

「どういうこと?」

「お前のお母さんとは……少し複雑な出会いだった」

「複雑?」

父は頷く。

「俺たちは結婚する前に、一度別れていた」

知らなかった。

父と母のことを、私はほとんど聞いたことがなかった。

「でも、咲希が生まれた」

父は写真立てを見る。

「俺は、お前を自分の娘だと信じて育ててきた」

「信じて?」

その言葉が引っかかった。

父は目を閉じた。

「昔、一度だけ」

「何?」

「黒田が言った」

父の声が低くなる。

「お前には秘密があると」

私の背中が冷たくなった。

「どうして今まで言わなかったの?」

「証拠がなかった」

父は苦しそうに言った。

「それに」

「それに?」

「お前を失いたくなかった」

その言葉を聞いた瞬間。

怒りより悲しみが込み上げた。

私はずっと。

父だけは絶対に私を裏切らないと思っていた。

でも。

父にも秘密があった。

その日の夜。

私は一人で祖母の日記を読んだ。

最後のページ。

そこには短い文章があった。

『もし黒田が再び現れたなら、彼は咲希の出生について利用しようとするでしょう』

私はページをめくった。

『しかし、黒田が知らないことがあります』

『本当の証拠は、私ではなく、咲希自身の中に残っています』

意味が分からなかった。

私自身の中?

その時。

部屋のドアがノックされた。

悦子だった。

「咲希」

私は警戒した。

「何?」

彼女は中に入らず、廊下に立っていた。

「謝りたい」

意外な言葉だった。

私は黙った。

「お金のこと」

「……」

「間違っていた」

私は彼女を見る。

初めて聞く謝罪だった。

でも。

遅すぎた。

「それだけ?」

悦子は目を伏せる。

「違う」

「じゃあ何?」

彼女は小さな声で言った。

「あなたのお母さんのことも話す」

私は息を止めた。

「私の母?」

悦子は頷いた。

「あなたのお母さんが亡くなる前の日」

「何があったの?」

悦子は周囲を確認する。

そして囁いた。

「彼女は私に電話してきた」

心臓が跳ねた。

「何て言ったの?」

悦子は震える声で答えた。

「『もし私に何かあったら、咲希を守って』って」

私は動けなかった。

母が。

悦子に?

悦子は続けた。

「そして最後に、こう言ったの」

彼女は私を見る。

「『あの子の父親は、あなたが思っている人じゃない』って」

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その瞬間。

私の世界が崩れた。

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