Chapter 8: 母が残した最後の言葉
翌朝。
父は悦子から全てを聞いた。
いつもなら怒鳴るはずだった。
でも。
父は何も言わなかった。
ただ、黙って椅子に座っていた。
「あなたのお母さんは……」
悦子が話す。
「亡くなる前、何度も誰かに追われていると言っていた」
父が顔を上げる。
「誰に?」
「分からない」
「嘘をつくな」
父の声が響いた。
悦子は震えた。
「本当に知らない」
高橋さんはメモを取りながら聞いた。
「黒田さんとは、いつから関係が?」
悦子は答えた。
「咲希さんのお母さんが亡くなった後」
私は驚いた。
「後?」
「そう」
悦子は苦しそうに言った。
「黒田は、あなたのお母さんの秘密を知っていると言った」
「それで信じたの?」
「……」
悦子は俯いた。
「怖かった」
またその言葉。
でも今回は少し違って聞こえた。
彼女もまた、何かに縛られていたのかもしれない。
ただ。
それでも私のお金を奪った事実は消えない。
高橋さんが言った。
「確認したいことがあります」
「何ですか?」
「黒田さんは、咲希さんの出生について何と言っていましたか?」
悦子は黙った。
長い沈黙。
そして。
「彼は言った」
「……」
「咲希さんの本当の父親は、別にいると」
部屋が静かになる。
父の手が強く握られる。
「誰だ」
悦子は首を振った。
「知らない」
「嘘だ」
「本当に知らない!」
初めて悦子が叫んだ。
涙が流れていた。
「私はただ……あなたのお母さんが残したものを利用されただけ」
父は目を逸らした。
私は何も言えなかった。
自分の人生なのに。
自分だけが何も知らない。
その日の午後。
高橋さんは新しい資料を持ってきた。
「見つかりました」
父が立ち上がる。
「何が?」
「咲希さんのお母様に関する記録です」
私は資料を受け取った。
そこには母の名前。
そして。
一枚の古い病院記録。
「出生記録?」
高橋さんは頷いた。
「ただし、問題があります」
私は紙を見る。
父の名前。
母の名前。
そして父親欄。
空白。
「空白……」
父は顔を歪めた。
「そんなはずはない」
高橋さんは続ける。
「当時、母親側から後日提出すると記録されています」
「後日?」
「しかし、その書類は提出されていません」
私は震えた。
つまり。
私の父親は。
最初から記録されていなかった。
その夜。
私は祖母の最後の封筒を開けた。
中には写真が一枚。
裏には日付。
私が生まれた年。
そして。
短い文章。
『咲希へ』
『あなたを愛した人は、一人ではありません』
私は写真を裏返した。
そこには。
若い頃の母。
祖母。
そして。
知らない男性。
その男性の顔を見た瞬間。
私は凍りついた。
なぜなら。
その人は。
今日、家に届いた郵便物に書かれていた名前と同じ人物だった。
黒田真人。
でも。
写真の裏にはこう書かれていた。
『あなたの本当の父親』
私は写真を落とした。
その瞬間。
スマホが鳴った。
知らない番号。
出るか迷った。
でも。
押してしまった。
「もしもし」
沈黙。
そして。
男の声。
『咲希さん』
私は固まった。
「誰ですか?」
男は静かに答えた。
『私は、あなたの母親が最後に愛した人間です』
息が止まる。
『そして、あなたの本当の父親です』
電話の向こうの男は続けた。
『ただし、あなたのお父さんはまだその事実を知らない』
私は何も言えなかった。
そして男は最後に言った。
『黒田が狙っているのは、お金だけではありません』
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『彼は、あなたの存在そのものを消そうとしている』
電話が切れた。