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Chapter 5: 消えた名義人

「……私じゃない?」

自分の声なのに、遠くから聞こえるようだった。

高橋さんはゆっくり頷いた。

「正確には、咲希さんのために作られた口座です。しかし、法的な管理者は別でした」

私は書類を見る。

そこに書かれていた名前。

「佐藤美智子」

祖母の名前。

「祖母が?」

父も驚いていた。

「母さんが管理者だったのか?」

「はい」

高橋さんは説明を続けた。

「お母様は、咲希さんが成人するまで資金を保護するため、この形を選びました」

私は混乱した。

「でも、祖母は亡くなっている」

「だから問題になっています」

高橋さんは別の書類を出した。

「お母様が亡くなった後、管理権限は自動的に移行する予定でした」

「誰に?」

父が聞く。

高橋さんは父を見る。

「あなたです」

父は黙った。

「しかし、実際には違う処理がされています」

私は嫌な予感がした。

「誰が?」

高橋さんは答えた。

「悦子さんです」

空気が止まった。

悦子は顔を背けた。

父が低い声で言う。

「どうやって?」

「おそらく、必要書類を偽って申請した可能性があります」

私は悦子を見る。

「そんなことまでしたの?」

「違う」

彼女はすぐ否定した。

でも、その声には力がなかった。

「私はただ……」

「ただ?」

父が聞く。

悦子は唇を噛んだ。

「家族を守ろうとしただけ」

また、その言葉。

家族。

その言葉で何度も正当化してきた。

私は立ち上がった。

「私の人生を壊して?」

悦子は黙った。

「私、ずっと努力してきた」

声が震える。

「大学に行くために働いた」

「……」

「欲しい服も我慢した」

「……」

「なのに、あなたは私が知らないところで全部奪った」

悦子の目が揺れた。

でも謝らなかった。

そのことが一番悲しかった。

その夜。

私は自分の部屋で昔の写真を見ていた。

祖母との写真。

祖母はいつも私の手を握っていた。

『咲希、人生で一番怖いのは、お金を失うことじゃないよ』

幼い私は聞いた。

『じゃあ何?』

祖母は笑った。

『自分の価値を忘れること』

その言葉を思い出した。

涙が落ちた。

でも。

泣いて終わるつもりはなかった。

翌朝。

父が私の部屋を訪ねてきた。

「咲希」

「うん」

父は申し訳なさそうな顔をしていた。

「すまなかった」

私は何も言わなかった。

「俺は、お前を守っているつもりだった」

「……」

「でも、気付けなかった」

父の声が震えた。

「悦子が何をしていたか」

私は少しだけ顔を上げた。

父は続ける。

「祖母さんは、俺に最後の手紙も残していた」

「え?」

父は封筒を出した。

「昨日の手紙とは別だ」

私は驚いた。

「まだあるの?」

父は頷いた。

「ただし、条件付きだった」

「どんな?」

父は封筒の裏を見る。

「咲希が自分で真実を知った時だけ開ける」

私は息を止めた。

祖母は。

最初から今日の日を想像していた。

父が封を開ける。

中には一枚の紙。

そして。

古い新聞記事のコピー。

父が読み始めた。

数秒後。

顔色が変わった。

「嘘だろ……」

「何が書いてあるの?」

父は記事を私に渡した。

見出し。

『投資会社元社員、顧客資金流用疑惑で調査』

写真。

そこにいた人物。

黒田真人。

私は息を呑んだ。

「この人……」

父は頷いた。

「悦子が送金していた相手」

その瞬間。

下の階から大きな音がした。

ガタン。

誰かが何かを倒した音。

父と私は顔を見合わせた。

階段を降りる。

リビングには悦子がいた。

そして。

彼女の手には、祖母の書類。

「それをどこで?」

父が聞く。

悦子は震えていた。

「私は……知らなかった」

「何を?」

彼女は書類を握りしめた。

「美智子さんが、ここまで調べていたなんて」

父の目が細くなる。

「つまり」

「……」

「お前は黒田を知っている」

悦子は黙った。

そして。

小さな声で言った。

「彼は……私を脅していた」

私の心臓が跳ねた。

「脅していた?」

悦子は涙を浮かべた。

「最初は、ただ助けてくれる人だった」

「何を助けた?」

父が聞いた。

悦子は答えなかった。

でも。

次に出た言葉で。

私は凍りついた。

「あなたのお母さんが亡くなった理由も……」

父の顔から表情が消えた。

「今、何と言った?」

悦子は口を押さえた。

遅かった。

私は聞いてしまった。

祖母の死。

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その裏に。

まだ何かが隠されていた。

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