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Chapter 3: 隠された口座

父はその日、会社を休んだ。

私は初めて見た。

父が何時間も電話をしている姿を。

普段の父は、どんな問題でも冷静だった。

でも、その日は違った。

「はい、祖母の件です」

「そうです。十年前の信託について確認したい」

私は廊下でその会話を聞いていた。

信託。

その言葉の意味を、私は知らなかった。

ただ分かったことがある。

祖母は、ただお金を残しただけではなかった。

私を守る準備をしていた。

昼過ぎ。

父はリビングに私を呼んだ。

「咲希、話がある」

私はソファに座った。

父は少し迷ってから言った。

「お前の祖母は、母さんが亡くなる前からあることを心配していた」

「何を?」

「お前が大人になる前に、誰かがお前の人生を利用すること」

私は黙った。

悦子の顔が浮かんだ。

父は続ける。

「だから口座は普通の貯金じゃなかった」

「じゃあ?」

「監視付きの教育資金口座だった」

私は驚いた。

「監視?」

父は頷いた。

「一定額以上を動かす場合、本人確認が必要だった」

「でも、お金は消えた」

父は苦い顔をした。

「だから問題なんだ」

その時、玄関のチャイムが鳴った。

父が出る。

そこに立っていたのは、スーツ姿の女性だった。

「初めまして。佐藤法律事務所の高橋です」

彼女は父に名刺を渡した。

「お母様から依頼を受けていました」

私は息を止めた。

祖母が亡くなってから何年も経っている。

それなのに。

まだ誰かが動いていた。

高橋さんはテーブルに書類を置いた。

「今回の件について確認します」

悦子が部屋から出てきた。

「弁護士を呼ぶ必要なんてないでしょう」

高橋さんは彼女を見る。

「必要があります」

「家族の問題よ」

「いいえ」

女性は淡々と言った。

「これは財産管理に関する問題です」

悦子の表情が固まった。

高橋さんは書類を開いた。

「まず確認ですが、口座から五百五十万円を引き出したのはあなたですね」

悦子は黙った。

父が聞く。

「答えろ」

しばらくして。

「……そうよ」

私は胸が痛んだ。

認めた。

でも、次の瞬間。

悦子は言った。

「でも、理由がある」

高橋さんは聞いた。

「理由とは?」

悦子は結衣を見る。

「この子には父親がいない」

結衣が俯く。

「生活が大変だった」

私は唇を噛んだ。

また同じ。

家族という言葉で、私のものを奪おうとしている。

父は静かに言った。

「それでも咲希のお金だ」

悦子は突然叫んだ。

「あなたは何も分かってない!」

部屋が静まった。

彼女の声には怒りだけではない。

恐怖が混ざっていた。

「何を?」

父が聞く。

悦子は口を閉じた。

高橋さんが書類を一枚取り出した。

「実は、もう一つ確認があります」

「何ですか?」

「車の購入費以外にも、不自然な出金があります」

私は父を見る。

父も知らなかったようだった。

高橋さんは続けた。

「約三年前から、複数回にわたり少額の送金があります」

「合計はいくらですか?」

父が聞いた。

高橋さんは答えた。

「約二百八十万円です」

空気が止まった。

五百五十万円だけじゃなかった。

私は震える声で聞いた。

「誰に送ったんですか?」

高橋さんは書類を見る。

そして。

ゆっくり名前を読み上げた。

「黒田真人さんです」

悦子の顔が青ざめた。

父が立ち上がる。

「その名前……」

私は悦子を見る。

「知ってるの?」

悦子は何も言わない。

でも、その沈黙が全てを語っていた。

父が低い声で言った。

「悦子」

「……」

「この男は誰だ」

その瞬間。

悦子のスマホが鳴った。

彼女は画面を見た。

そして、完全に凍りついた。

私は横から画面を見てしまった。

メッセージには一文だけ。

『もう隠せない。あの子の祖母は全部知っていた』

私の背中に冷たいものが走った。

祖母は。

何年前から、この未来を予測していたのだろう。

そして次の瞬間。

悦子のスマホに続けて届いた写真を見て。

父は言葉を失った。

そこに写っていたのは――

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祖母と、見知らぬ男。

そして、その隣に立つ幼い頃の私だった。

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