Chapter 9: 父と呼べない真実
私は朝まで眠れなかった。
何度も写真を見た。
何度も電話番号を確認した。
夢ならよかった。
全部嘘ならよかった。
でも。
写真の裏に書かれた文字は消えなかった。
『あなたの本当の父親』
翌朝。
私は父に話した。
隠すことはできなかった。
父は写真を見る。
そして。
長い間、何も言わなかった。
「……この人」
父の声が震える。
「知ってるの?」
私は聞いた。
父は写真を握る。
「一度だけ会ったことがある」
「いつ?」
「お前が生まれる前」
胸が痛んだ。
「じゃあ、本当に?」
父は目を閉じた。
「分からない」
その答えが苦しかった。
父は続けた。
「でも」
「でも?」
「俺がお前を育てた時間まで嘘になるわけじゃない」
涙が出そうになった。
でも。
私は聞かなければならなかった。
「お父さん」
「……」
「もし、本当に違ったら」
父を見る。
「私は誰?」
父はすぐ答えた。
「咲希だ」
「……」
「俺の娘だ」
その言葉で、少しだけ救われた。
その時。
玄関のチャイムが鳴った。
父が出る。
そこにいたのは。
昨日電話をしてきた男だった。
年齢は五十代。
穏やかな顔。
でも目には深い後悔があった。
「初めまして」
男は頭を下げた。
「神谷亮介です」
父の顔が固まる。
「神谷……」
男は頷いた。
「あなたには謝らなければなりません」
父は冷たく言った。
「何を?」
神谷さんは私を見る。
「咲希さんのことです」
私は緊張した。
彼はゆっくり話し始めた。
「私はあなたのお母さんを愛していました」
父の表情が変わる。
「しかし、彼女はあなたを選んだ」
その言葉に父は何も言えなかった。
「あなたは彼女と結婚し、咲希さんを育てた」
神谷さんは続けた。
「私は遠くから見守るしかありませんでした」
私は聞いた。
「なぜ今まで来なかったんですか?」
神谷さんの顔が苦しそうになる。
「約束したからです」
「誰と?」
「あなたのお母さんと」
彼は答えた。
「彼女は言いました」
「咲希が幸せなら、私たちは身を引くべきだと」
私は俯いた。
母は。
最後まで私を守ろうとしていた。
神谷さんは一枚の封筒を出した。
「でも、これだけは渡さなければならない」
父が受け取る。
「何だ」
「あなたのお母さんが、亡くなる前に書いた手紙です」
私の手が震えた。
「母の?」
神谷さんは頷いた。
「本当は十八歳になった時に渡す予定でした」
「なぜ今?」
神谷さんは悲しそうに笑った。
「黒田が動いたからです」
父が聞く。
「黒田は何を知っている?」
神谷さんは答えた。
「全部です」
「全部?」
「咲希さんの出生」
「口座」
「そして」
彼は一度言葉を止めた。
「あなたのお母さんが残した証拠」
父が封筒を見る。
「証拠?」
神谷さんは頷いた。
「黒田は昔、お金だけではなく」
「人の人生を操るために証拠を隠しました」
私は聞いた。
「何の証拠?」
神谷さんは私を見る。
「あなたの母親が事故で亡くなった日の記録です」
部屋の空気が変わった。
父が低い声で言う。
「事故じゃなかったのか?」
神谷さんは答えなかった。
その代わり。
静かに言った。
「咲希さんのお母さんは、殺される前に」
「黒田が何をしていたかを突き止めていました」
私の心臓が跳ねる。
「殺された?」
神谷さんは目を伏せた。
「可能性があります」
その瞬間。
外から大きな音がした。
車のドアが閉まる音。
父が窓を見る。
そこには。
黒い車。
そして。
こちらを見上げる一人の男。
黒田真人。
彼は電話を取り出した。
数秒後。
私のスマホが鳴った。
画面には。
知らない番号。
私は出なかった。
でも。
留守番電話に残された声を聞いた瞬間。
全身が凍った。
『咲希さん』
『あなたが真実を知る前に、消しておくべきだった』
『でも遅かった』
『次は、あなたのお父さんを失うことになる』
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私は窓の外を見る。
黒田は笑っていた。