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Chapter 2: 祖母が残した条件

翌朝。

家の中は、昨日までとは別の場所のようだった。

誰も朝食を食べなかった。

いつもなら悦子はテレビの音を大きくして、何も問題がないように振る舞っていた。

でも、その日は違った。

彼女はずっと黙っていた。

私は向かい側に座りながら、祖母の手紙を見つめていた。

まだ父は開封していなかった。

「どうして今まで、この手紙の存在を知らなかったの?」

私は聞いた。

父はコーヒーカップを置いた。

「お前が十八歳になるまで、俺が預かる約束だった」

「祖母と?」

父は頷いた。

「母さんは、人を見る目があった」

その言葉に、悦子が反応した。

「私を疑っていたってこと?」

父はすぐには答えなかった。

その沈黙が答えだった。

悦子は立ち上がった。

「ひどいわ」

「何が?」

「私はこの家族のために動いたのよ」

私は思わず笑ってしまった。

「私のお金で?」

悦子は私を見る。

「あなたは自分のことしか考えていない」

その言葉で、指先が冷たくなった。

「私の大学のお金を使った人に言われたくない」

結衣がリビングの入口に立っていた。

昨日とは違い、顔色が悪かった。

「咲希……」

私は彼女を見る。

「何?」

結衣は車のキーを握ったまま俯いた。

「本当に知らなかった」

「何を?」

「そのお金が咲希のものだって」

私は何も言えなかった。

彼女を責めたい気持ちはあった。

でも、結衣も母親に利用されていたのかもしれない。

父が静かに言った。

「結衣、車の契約書はどこだ」

「お母さんが持ってる」

父は悦子を見る。

「出して」

「必要ないでしょ」

「出せ」

しばらく睨み合った後、悦子は引き出しから書類を出した。

父は契約書を確認する。

数秒後。

表情が変わった。

「これは……」

私は隣から覗き込んだ。

購入者名。

そこには悦子の名前。

そして。

支払い方法の欄。

一括払い。

「ローンじゃない」

父が呟いた。

悦子は黙る。

「咲希に奨学金を借りろと言いながら、自分は現金で五百五十万円払ったのか」

「違うわ」

「何が違う?」

悦子は焦ったように言った。

「家族のお金よ」

その瞬間、父が書類をテーブルに叩き置いた。

「どこが?」

私は初めて見た。

父が本気で怒っている姿を。

悦子は視線を逸らした。

「あなたがアクセス権をくれたから」

父の顔が険しくなる。

「あれは生活費の緊急時だけだ」

「でも使えたじゃない」

「使えることと、使っていいことは違う」

静かな言葉だった。

でも、悦子には届いていないようだった。

「咲希は若いのよ。働けばいい」

私は椅子から立った。

「私が何時間働いて貯めたと思ってるの?」

悦子は肩をすくめる。

「大した額じゃないでしょう」

その瞬間。

父が机の上の明細を指差した。

「違う」

悦子が黙る。

父は私を見る。

「咲希、自分で知らなかっただろう」

「何を?」

父は一枚の紙を取り出した。

「お前が高校時代に貯めたお金」

そこには私のアルバイト収入の記録があった。

「これだけでも百二十万円ある」

私は目を見開いた。

父は続けた。

「でも、口座の大部分は別の人間が入れていた」

祖母。

私は写真立てに目を向けた。

祖母はいつも言っていた。

『咲希、あなたは誰かに頼らなくても、自分の人生を選べる子になりなさい』

涙が出そうになった。

その時。

父が封筒を手に取った。

「開けるぞ」

誰も反対しなかった。

封を切る音だけが部屋に響いた。

中には短い手紙と、もう一枚の書類。

父が読み始めた。

「咲希へ」

祖母の文字だった。

『あなたがこの手紙を読む時、私はもう隣にいないでしょう』

胸が締め付けられる。

『でも、あなたの未来を守る人間は必ずいると信じています』

父はそこで一度止まった。

そして続きを読んだ。

『ただし、そのお金をあなたの許可なく使った者がいる場合、その者が家族であっても例外ではありません』

悦子が立ち上がった。

「そんな……」

父は最後のページを見た。

そこには法律事務所の名前。

そして署名。

「母さんは、事前に準備していた」

私は驚いた。

「何を?」

父は答えなかった。

その代わり、書類を裏返した。

そこに書かれていた名前を見た瞬間。

悦子が息を呑んだ。

「……どうして、この人の名前が」

父が顔を上げる。

「知っているのか?」

悦子は何も言わなかった。

私はその名前を見た。

知らない男性の名前。

でも、悦子だけは明らかに動揺していた。

父がゆっくり尋ねる。

「悦子」

「……」

「この人は誰だ?」

数秒の沈黙。

そして悦子は小さな声で言った。

「昔の……知り合いよ」

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でも。

彼女の震える手は、その言葉が嘘だと告げていた。

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