Chapter 5: 壊れた家族の契約書
翌朝、私は銀行へ向かった。
頭の中では、昨夜から同じ疑問が繰り返されていた。
美智子はいつから嘘をついていたのか。
そして、私はなぜ気づかなかったのか。
窓口の担当者は書類を確認しながら、慎重に話した。
「こちらの送金についてですね」
「はい」
「奥様の名義で複数回行われています」
「目的は?」
担当者は画面を見る。
「投資関連の会社への送金です」
「投資?」
私は眉をひそめた。
美智子はそんな話を一度もしたことがなかった。
「この会社について調べられますか?」
担当者は少し困った顔をした。
「詳細な情報は公開されている範囲になりますが……」
数分後。
私はその会社名を見て、息を止めた。
代表者。
そこに表示されていた名前。
写真の男性と同じだった。
帰宅すると、美智子は何事もなかったように朝食を作っていた。
「おかえりなさい」
その声は以前と同じだった。
優しい妻の声。
しかし、もう私は騙されなかった。
「この会社を知っているか?」
私はスマホの画面を見せた。
美智子の手が止まった。
ほんの一瞬だった。
でも、私は見逃さなかった。
「どこでそれを?」
「質問しているのは俺だ」
美智子は椅子に座った。
「あなた、私を疑っているの?」
「莉子を傷つけていた人間を、今まで通り信じろと言うのか?」
彼女の顔が険しくなる。
「全部莉子のためにしたことよ」
「またそれか」
私は声を抑えた。
「なぜいつも莉子を理由にする?」
美智子は黙った。
その時、階段から足音がした。
莉子だった。
「パパ」
私は振り返る。
「部屋にいていい」
でも莉子は首を振った。
「もう隠れたくない」
その言葉に胸が痛んだ。
12歳の子供が、自分の家で隠れて生きていた。
莉子は美智子を見る。
「私、何をしたの?」
美智子は目を逸らした。
「……」
「私がママの子だから?」
その瞬間、美智子の顔が揺れた。
「違う」
「じゃあ、なんで?」
沈黙。
長い沈黙。
そして、美智子は小さく言った。
「あなたを見るたびに思い出したの」
「何を?」
「あなたのお母さんを」
莉子の目から涙が落ちた。
「だから?」
美智子は答えなかった。
その日の午後、私は莉子の母親の手紙を開いた。
そこには短い文章が書かれていた。
「もし莉子がこの手紙を読む時、私はもう隣にいないでしょう」
私は読み進めた。
「でも、一つだけお願いがあります」
「莉子を、誰かの罪のせいで苦しませないでください」
最後の一文で、私は手を止めた。
「美智子さんを信じないでください」
部屋の空気が変わった。
莉子も読んでいた。
「ママは……知ってたの?」
由香が静かにうなずいた。
「沙織は亡くなる前、何か大きな問題を見つけた」
「何を?」
由香は答える前に、一枚の書類を取り出した。
「これ」
それは古い契約書だった。
そこには、美智子の名前。
そして、私の家の所有権に関する記載。
「これは……」
私は書類をめくった。
すると最後のページに、見覚えのある署名があった。
私の名前。
しかし、日付を見ると、私はその日に海外出張中だった。
「これは偽造だ」
私は呟いた。
由香は言った。
「だから沙織は調べていた」
その瞬間、玄関のベルが鳴った。
美智子が青ざめた。
「誰……?」
ドアを開けると、スーツ姿の男性が立っていた。
「失礼します」
男性は封筒を差し出した。
「裁判所からの通知です」
私は封筒を受け取った。
中を確認した瞬間、手が震えた。
離婚申立書。
そして――
私の親権についての申し立て。
申立人の名前を見て、私は凍りついた。
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美智子。
彼女は私から莉子を奪おうとしていた。