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Chapter 2: 父が残した秘密

その夜、僕は眠れなかった。

布団に入って目を閉じても、昼間の恵美さんの顔が頭から離れなかった。

あの顔は、僕が悪いことをした時の顔ではなかった。

何かを恐れている顔だった。

隣の部屋から、小さな声が聞こえた。

「翔太くん」

ドアの隙間から葵ちゃんが顔を出していた。

「起きてる?」

僕は体を起こした。

「うん」

葵ちゃんは静かに部屋へ入ってきた。

「ごめんね」

「なんで?」

「私が唐揚げあげたから、お母さん怒った」

僕は首を振った。

「葵ちゃんは悪くないよ」

彼女は少し黙った。

「翔太くん」

「ん?」

「本当にお兄ちゃんじゃないの?」

その質問に、僕は胸が苦しくなった。

「……僕は」

言葉が出なかった。

血が繋がっているかどうかなんて、七歳の僕には分からなかった。

でも。

葵ちゃんが笑ってくれること。

一緒に遊ぶこと。

それは本物だった。

「葵ちゃんが僕を兄ちゃんって思ってくれるなら、それでいい」

そう言うと、彼女は泣きそうな顔で笑った。

「じゃあ、ずっとそうする」

その時。

廊下から足音がした。

僕たちは慌てて黙った。

恵美さんだった。

ドアの前で止まった。

「……何を話してるの?」

僕は息を止めた。

「何でもないよ」

葵ちゃんが答えた。

しばらく沈黙が続いた。

そして足音は遠ざかった。

次の日の朝。

僕は学校へ行く前に、父の部屋を見た。

父の机はそのままだった。

眼鏡。

古い腕時計。

仕事用のノート。

そして引き出し。

僕は迷った。

父との約束。

「誰にも見せるな」

でも、父はこうも言った。

「困った時は使え」

僕は引き出しを開けた。

中には一枚の写真があった。

父と僕。

そして、まだ幼い葵ちゃん。

三人で公園にいる写真。

裏には文字が書かれていた。

『家族は血だけで決まらない』

僕の手が震えた。

その時。

後ろから声がした。

「何してるの?」

振り向くと、恵美さんが立っていた。

「……お父さんの部屋に入るなって言ったよね」

「ごめんなさい」

僕はすぐに引き出しを閉めた。

でも遅かった。

彼女は僕の手元を見ていた。

「それ……見たの?」

「何を?」

「写真」

恵美さんの顔が険しくなった。

「翔太」

初めて、彼女は優しい声で僕の名前を呼ばなかった。

「あなたは知らない方がいいことがあるの」

僕は黙った。

「お父さんは、あなたに全部話していなかった」

その言葉に胸が痛んだ。

「どういう意味?」

恵美さんは答えなかった。

ただ、端末のことを思い出したように目を細めた。

「それを私に渡しなさい」

「嫌だ」

自分でも驚くほど、はっきり言えた。

恵美さんの眉が動いた。

「何?」

「父さんが僕に預けたものだから」

数秒の沈黙。

そして彼女は笑った。

でも、その笑顔には温かさがなかった。

「子供が持っていていいものじゃないの」

「でも父さんが――」

「あなたのお父さんは間違えたのよ」

その瞬間。

僕の中で何かが切れた。

父を悪く言われたことが嫌だった。

「父さんは間違えない」

恵美さんの顔から笑顔が消えた。

「……そう」

彼女は小さく呟いた。

「なら、あなたも知ることになるわ」

「何を?」

彼女は部屋を出ながら言った。

「あなたのお父さんが、本当は何をしていたのか」

その日の放課後。

僕が家に帰ると、玄関に知らない男の靴があった。

リビングには、スーツを着た男性が座っていた。

恵美さんはその隣にいた。

「この子です」

男性は僕を見るなり立ち上がった。

「君が翔太くんか」

僕は一歩下がった。

「誰ですか」

男性は笑った。

「お父さんの古い友人だよ」

でも、その目は笑っていなかった。

彼は僕のポケットを見た。

端末が入っている場所を。

「それを持っているんだね」

僕の背中に寒気が走った。

なぜ知っている?

男性はゆっくり手を伸ばした。

「渡してもらおうか」

その瞬間。

葵ちゃんが僕の前に立った。

「ダメ」

男性が驚いた顔をする。

「葵ちゃん?」

彼女は震えながら言った。

「翔太くんのものだもん」

恵美さんが怒鳴った。

「葵、どきなさい!」

でも葵ちゃんは動かなかった。

そして男性は、低い声で言った。

「君のお父さんは、最後に何かを隠した」

僕は端末を握りしめた。

すると突然。

黒い端末の赤いランプが消えた。

代わりに、小さな画面が光った。

そこに表示された名前を見て、僕は息を呑んだ。

『録音データ:恵美へのメッセージ』

恵美さんの顔が青ざめた。

「……嘘」

そして端末から、父の声が流れ始めた。

「翔太へ。もしこの録音を聞いているなら――」

父の声は、そこで一瞬途切れた。

次の言葉を聞いた瞬間。

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僕たちは全員、動けなくなった。

「恵美さんを、決して信用するな」

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