Chapter 4: 三日前のメッセージ
画面に表示された日付を、僕は何度も見直した。
『録音作成日:父が出張へ行く三日前』
ありえなかった。
父が僕に端末を渡したのは、出発前日の夜だった。
なのに、このメッセージはそのさらに前に作られている。
つまり父は、出張へ行く前から何かを知っていた。
「翔太……」
葵ちゃんが僕の名前を呼んだ。
でも、僕は返事ができなかった。
頭の中で、父の最後の日の記憶が繰り返されていた。
笑っていた父。
「すぐ帰ってくるからな」
そう言って僕の髪を撫でた父。
あの時、父は本当に帰ってくるつもりだったのだろうか。
それとも――。
「開けて」
僕は小さく言った。
恵美さんが息を呑んだ。
「ダメ」
「どうして?」
「翔太、お願いだから」
初めてだった。
彼女が僕にお願いするのは。
いつも命令ばかりだった。
「ラーメン食べなさい」
「部屋に行きなさい」
「余計なことを言うな」
でも今は違った。
怖がっていた。
僕は端末の画面を見る。
『未送信メッセージを再生しますか?』
指が震えた。
その時、スーツの男が一歩近づいた。
「少年、それは君が見るものじゃない」
「じゃあ誰が見るの?」
男は黙った。
「父さんが僕に残したものだ」
僕は端末を強く握った。
「僕が見る」
男の表情が変わった。
「君の父親は優しすぎた」
「何?」
「だから、子供を巻き込んだ」
その言葉を聞いた瞬間、僕の中で怒りが湧いた。
「父さんを悪く言わないで」
男は少し目を細めた。
「……君は本当に何も知らないんだな」
「何を?」
男は答えなかった。
代わりに恵美さんが震える声で言った。
「翔太」
僕を見る。
「あなたのお父さんは……私を疑っていた」
その言葉に、僕は驚いた。
「じゃあ、本当に?」
彼女は目を逸らした。
「でも、理由があるの」
「どんな理由?」
「……」
「言ってよ」
沈黙。
長い沈黙だった。
その時、葵ちゃんが口を開いた。
「お母さん」
「葵」
「翔太くんに嘘ついてる?」
恵美さんの顔が歪んだ。
六歳の娘に言われた言葉が、一番刺さったようだった。
「違う」
「じゃあ本当のこと言って」
葵ちゃんは泣きながら言った。
「翔太くん、ずっと悲しそうだったよ」
恵美さんは唇を噛んだ。
僕は端末の再生ボタンを押した。
父の声が流れる。
『翔太へ』
その瞬間、全員が静かになった。
『これを聞いているなら、予定通りにはいかなかったということだ』
僕の胸が締め付けられた。
『まず伝えたい。お前を一人にするつもりはなかった』
父の声は少し疲れていた。
『ただ、俺には確認しなければならないことがあった』
画面に新しい文字が表示された。
『第一確認事項:家の中の変化』
父は続けた。
『翔太、もし食事や生活で不自然なことが起きたら、絶対に自分を責めるな』
僕の目が開いた。
父は知っていた。
カップ麺のことも。
唐揚げのことも。
全部。
『それは、お前の価値とは関係ない』
僕は俯いた。
ずっと考えていた。
僕が悪い子だから。
僕が本当の家族じゃないから。
そうされたんだと思っていた。
でも父は違うと言った。
『そして、葵を守ってほしい』
葵ちゃんが顔を上げた。
『あの子は何も知らない』
父の声が少し震えた。
『恵美が何をしていても、葵だけは責めないでほしい』
僕は恵美さんを見る。
彼女は泣いていた。
でも、僕にはまだ分からなかった。
なぜ父は彼女を疑ったのか。
録音は続いた。
『最後に、翔太』
少し間があった。
『もし俺が戻れなかったら、家の地下収納を確認しろ』
地下収納。
僕の知らない場所だった。
『そこに、全部の答えがある』
その瞬間。
突然、端末の画面が暗くなった。
「え?」
僕が触っても反応しない。
赤いランプだけが点滅する。
スーツの男が小さく呟いた。
「地下収納……」
僕は男を見る。
「あなたも知ってるの?」
男は答えなかった。
その代わり、玄関の方から大きな音がした。
ドアが開いた。
誰かが入ってきた。
「恵美!」
知らない女性の声。
全員が振り向いた。
そこに立っていたのは、年配の女性だった。
彼女は僕を見るなり、目を見開いた。
「あなたが……翔太くん?」
「誰ですか」
女性は震える手でバッグから一枚の写真を取り出した。
写真には、若い父と、知らない男性。
そして――
恵美さんが写っていた。
女性は低い声で言った。
「あなたのお父さんは、恵美さんを疑っていたんじゃない」
「じゃあ何を?」
女性は写真を握りしめた。
「彼女が隠していた、本当の家族の秘密を調べていたのよ」
部屋の空気が凍った。
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そして女性は、最後に信じられない名前を口にした。
「翔太くん……あなたのお父さんは、あなたが生まれる前から、この秘密を追っていたの」