Chapter 3: 消えた父の録音
父の声が部屋に響いた。
「恵美さんを、決して信用するな」
その一言で、時間が止まったようだった。
僕は端末を握ったまま立ち尽くした。
隣では葵ちゃんが口元を押さえていた。
恵美さんは顔を真っ青にしていた。
そしてスーツの男は、初めて余裕を失った顔を見せた。
「止めろ」
彼が低い声で言った。
僕は反射的に端末を胸に抱えた。
「どうして?」
僕は聞いた。
「どうして父さんが、こんなことを言うの?」
誰も答えなかった。
数秒後。
恵美さんが震える声で言った。
「翔太……それは違うの」
「何が?」
「あなたのお父さんは誤解していた」
「じゃあ、なんで怖い顔をしてるの?」
その言葉に、彼女は黙った。
僕は初めて、彼女に勝った気がした。
でも、安心はできなかった。
父の声はまだ続いていた。
『翔太、もしこの録音を聞いているなら、私はすぐには帰れない状況になっているかもしれない』
僕の胸が締め付けられた。
『でも、お前だけには本当のことを知ってほしい』
録音の中の父は、いつもの優しい声だった。
『葵は悪くない』
葵ちゃんが顔を上げた。
『彼女は何も知らない。ただ、大人の嘘に巻き込まれているだけだ』
葵ちゃんの目から涙が落ちた。
「お父さん……」
父は続けた。
『翔太。お前が一番心配していることを話す』
僕は息を止めた。
『お前は、家族じゃないと言われたかもしれない』
恵美さんが目を閉じた。
『でも、それは嘘だ』
僕の目が熱くなった。
『お前の母さんが亡くなる前、俺は約束した。翔太を一生守ると』
父の声が少し震えた。
『血の繋がりより大切なものがある。俺はお前を息子として選んだ』
僕は唇を噛んだ。
ずっと怖かった。
父がいなくなったら、僕には誰もいないと思っていた。
でも違った。
父は最後まで、僕を守ろうとしていた。
突然。
スーツの男が端末を奪おうと近づいた。
「もう十分だ」
僕は後ろへ逃げた。
「触らないで!」
男は眉をひそめた。
「子供には分からない話だ」
その瞬間。
葵ちゃんが叫んだ。
「翔太くんは子供じゃない!」
部屋が静かになった。
六歳の女の子が、震えながら立っていた。
「翔太くんはいつも我慢してた」
「……」
「お母さんが怒っても、泣かなかった」
葵ちゃんは拳を握った。
「だから、今度は私が守る」
その言葉に、僕は涙が出そうになった。
恵美さんは娘を見つめた。
「葵……」
「お母さん、どうして?」
葵ちゃんの声が震えた。
「どうして翔太くんにだけ冷たくするの?」
恵美さんは答えなかった。
その沈黙が、答えのようだった。
僕は端末を見る。
録音にはまだ続きがあった。
『翔太、この先に重要な証拠がある』
父の声。
『ただし、それを開くには、俺がお前に教えた合言葉が必要だ』
僕は驚いた。
合言葉?
そんなもの、聞いていない。
すると録音の最後に、父が小さく笑った。
『忘れているかもしれないな』
僕は思い出そうとした。
父との会話。
出発前の日。
何か言われた。
でも、緊張していて覚えていなかった。
『ヒントは、お前が七歳になる前から毎年言っていた言葉だ』
僕は考えた。
毎年。
誕生日。
父が必ず言っていた言葉。
「翔太」
父の声が最後に流れる。
『お前は、俺が選んだ最高の息子だ』
そして録音が切れた。
画面に新しい文字が表示された。
『第二データを開くには合言葉を入力してください』
その瞬間。
スーツの男が小さく呟いた。
「まさか……」
僕は彼を見た。
「何を知ってるの?」
男は答えなかった。
しかし、恵美さんが突然叫んだ。
「翔太!絶対に入力しないで!」
僕は驚いた。
「どうして?」
彼女の目には涙が浮かんでいた。
初めて見る涙だった。
「それを開いたら……」
彼女は震える声で続けた。
「あなたは、お父さんが本当に消えた理由を知ることになる」
その瞬間。
端末の画面が勝手に点滅した。
そして、新しい通知が表示された。
『未送信メッセージがあります』
送信者。
父。
宛先。
僕。
でも、その日付を見た瞬間。
僕の手から端末が落ちそうになった。
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それは――
父が出張へ行く三日前の日付だった。